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「世界一でも売れない」からいかに脱却するのか

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二足の草鞋で自ら産学連携

 ここから経営は安定していく。  経営の基盤が安定すると、挑戦はやりやすくなる。  鈴木は09年夏に伊勢の森から複数の菌叢(きんそう)を採取。そのうちの一つを使いビール発酵させ、限定醸造品として売り出したところ、ドライな味わいが受けて人気となる。しかし、菌叢は多くの微生物から構成されているため、再現性はない。つまり、二度と同じように発酵できないのである。  前編でも触れたベルギービールの「ランビック」は、ブリュッセル近郊のゼンネの谷に生息する野生(天然)酵母や乳酸菌、バクテリアなどにより自然発酵される。醸造所は古く、建物内、昔からの木樽に微生物はたくさん棲み着いている。人工的に培養された酵母は使われず、昔からの微生物たちが息づく、その土地でしかできないタイプである。  ビールではないが、日本酒や発酵食品である日本の醤油も同じだ。蔵(工場)や蔵のある地域に生息する微生物による自然発酵で醸造される。ある大手醤油メーカーは、この微生物をいまも「ご先祖様」と呼んで敬い続けている。日本酒も、一部の酒蔵では天然酵母を使用しているが、生産の安定性から協会酵母を使うケースは多い。  微生物である酵母を愛する鈴木。11年、地元にある三重大学の大学院生になる。ちょうど三重大が社会人大学院生の募集を始め、試験に合格する。社長と院生の二足のわらじを履く。取り組んだ研究は、酵母や微生物に関するテーマで、15年には博士号を取得する。  院生時代の12年、教授たちの指導を受けながら、伊勢の森から採取した樹液の中の無数の微生物から、一種類の酵母を分離(単離)する。遺伝子の配列も調べ安全性も確認。どうやらビール酵母として使えることがわかった。正確には伊勢神宮別宮の「倭姫宮」(やまとめのみや)近くの樫の木の樹液から取り出した酵母で、KADOYA1号と名付けられた。  この天然酵母を使い14年に商品化したのがヒメホワイト。小麦麦芽を使ったホワイトエールであり、軽快な飲み口と控えめな苦みが特徴。現在までに、国際的な賞を複数受賞している。同じ地域の大学と会社とが、社長兼院生を通して世界に届く成果を上げた点でも、ヒメホワイトの開発、天然酵母の単離成功は意義深い。  日本の大手4社をはじめ、各国大手は主にピルスナータイプを少品種大量生産している。これに対して、「クラフトビールは特徴のあるビールを多様につくることができ、これが魅力です。挑戦や失敗もたくさんできます」と鈴木は話す。  クラフトビールの特徴の一つは地域性にある。伊勢の森に棲む天然酵母を採用したわけだが、そこに研究機関としての地元の三重大学が重なった。  地域を主体とするモノづくりの、あるべき姿ではないか。大手資本による単品の大量生産から、地域の産学(場合によっては官も)による共同作業から、世界に認められる新たな価値は創出できる。  一時は年間37キロリットルまで落ち込んだ出荷量は、コロナ前の昨年は700キロリットルを超えた。クラフトビールでは大手の一角にまで成長する。  また、鈴木は19年10月、日本ホームブルワーズ協会を設立。家庭でのビール醸造(ホームブルーイング)を可能とする特区の実現、およびホームブルーイング発展を目指している。ところが、今年春から新型コロナウイルスの感染が急拡大してしまい、いまは活動を控えている。

永井隆 (ジャーナリスト)

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