「私に確実にわかることはたった一つ。私はとにかくテニスが恋しかった」出場停止期間を経たシャラポワが語るテニスへの想い
2020年に現役を引退したマリア・シャラポワ。言わずと知れた世界的なトップアスリートだ。グランドスラム達成者、ロンドン五輪銀メダリストとして知られ、惜しまれながら2020年に現役を引退した。一方で2016年1月にはドーピング問題により、15ヶ月間の出場停止を余儀なくされた経歴もある。翌年4月に復帰を果たしたシャラポワが、出場停止期間中に感じたこと、ファンやテニスへの想いについて綴った。 (全2回の後編)
熱狂的なファンも含め、ファンの人達に心を開くことは、昔から私にとっては簡単なことではないの。それはもちろん、私がファンの人達を認めていないとかそういうことではないのよ――むしろ正反対なこと。私はファンを大切に思っているし、これまでの私の成功にはファンの存在が不可欠だったこともわかってるわ。 だけど、そこには理解していることがあるの…本当に心から理解していることが…。 誤解を恐れずに本当のことを言えば、今回の出場停止期間と、そこからの復帰を経験することで、私を応援してくれるファンの存在が私にとってどれほど大切なのか、やっと理解し始めたと思うわ――表面的なことじゃなく、もっと深いレベルで。人間対人間のレベルという意味ね。
私の言う「人間対人間のレベル」というのは――忠誠心の概念みたいなもの。私にとって忠誠心は最もパワフルな性質の一つだと言えるわ。人間関係においては忠誠心が全て。そして、困難な状況に遭遇したときこそが、人々の忠誠心がわかる瞬間だと言っても過言ではないと思う。自分がトップにいるときは多くの人が周りに集まってくる。でも状況が変化すると手のひらを返したようにいなくなるわ。不思議よね。普通はこういう忠誠心は、友人関係やビジネスパートナーとかの関係の中で意識することが多いと思うけど、この2年間で私の心に最も響いた忠誠心はというと――これが私の本心よ――私のファンからのものだったの。 今回の報道が出たとき、ファンの人達は私に寄り添ってくれた。処分が決定したときも支えてくれた。出場停止期間中も変わらずにいてくれた。そして私がコートに戻った時…。 私は決して忘れない。 普段トーナメントに参加する時、私は早めに準備したいタイプだけど、復帰戦にあたるトーナメントでは運悪くそれができなかった。なぜかというと、私の出場停止解除の日が、私の1回戦の日と同日だったの。だからその日にならないと現地で練習をすることができなかった。つまり私にとっての最初の公式練習は――インドアのセンターコートだったわ――試合開始の数時間前になってしまったの。その結果、たくさんの記者が詰めかけたわ。そして当然、その場の雰囲気は…かなり張り詰めていた。 それでも私は平気だった。練習中コートの周りにあれだけの取材陣を見たのは人生で初めてだった…でも練習自体は問題なくこなせた。ただ、そこには敵対的な空気のようなものも流れていた。わかるでしょう? 私を包む空気には緊張感がただよっていて、なんだか全てがちょっとしたパフォーマンスのようにも思えた。そして楽しめる要素なんて全くなかったと言えるわ。 でもその日の午後になって、練習用の小さなコートに出たの――試合前の緊張をほぐして、何球かボールを打つために。25分かそこらの短いセッションだったし、大したことない時間だったわ。でもそこに行くと…説明するのは難しいわ。その瞬間…抑え込まれていた感情が解放されるような説明しがたい気持ちになったの。私を見つけた瞬間、大勢のファンが練習を見るためにコートの周りに集まってきた。みんなロシアの国旗とそして…手作りの「WELCOME BACK, MARIA」と書かれたサインボードを持って…拍手したり歓声を上げたり、練習の間ずっと応援してくれたの。 普段の私なら、試合間近の練習ではレーザービームのように集中するの――でも、認めるわ。あの時だけはいつもみたく集中できなかった。ファンの人達のことを考えたの…こんなに多くのテニスプレイヤーの中から私を選んでくれた…そして一連のことがあってもなお私のそばにいてくれる…時間をかけてこのサインボードを作ってくれた…そしてわざわざここまで足を運び、この練習コートに来てくれた…そして私を支え、自分たちがいることを私に伝えてくれた。突然、今までとは全く違う感覚で、私はファンの人達のサインボードの存在にはっきり気づいたの。コートでボールを打ちながら――頭の中では、サインボードを作る女の子たちのことを想像していた。家で、サインボードを作るのにぴったりの糊とグリッター、マーカーを探して、なんて書こうかを心に決めている姿。そういう全てを私のためにやってくれている。ちゃんと伝えられているかな…そういう全てが突然、私の中で込み上げてきたの。それはとても心動かされることだった。それは、最初の練習が終わり、たくさんのカメラの前で、私が一体誰のためにこの試合をプレーするのかを改めて感じさせられる出来事だった。 そして今、支えてくれたファンに今度は私がお返しをする番だと感じているわ。だって、自分のキャリアの次のフェーズにおいて達成したいことがあるとしたら、それは――応援されるに相応しい選手であり、人間であること――ずっと変わらずにいてくれたファンのために。 そして何が起ころうと私を応援してくれる人達のために。 何かがきっかけで物事が変わるなんて、不思議なものね。 たぶん人々は私に対して、全てを手に入れている人という印象を持っていると思う。だからこそ、私が幸せと感じるハードルはとても高いのだと思っているのかもしれない。 そこで、私がここ最近で、心から満たされたと感じた瞬間について話すわ。 数ヶ月前の5月半ばのある朝のことよ。私はイタリアン・オープンでプレーしていて、1回戦をストレートで勝ったところだった。復帰後3つ目のトーナメントで、私は少しずつ自信を取り戻せていると感じていたわ。今になって思えば、15ヶ月にもわたってプレーしていなかったのに、復帰後立て続けに3つのトーナメントでプレーするのは間違いだったのかもしれない(いやいや、“かもしれない“じゃないわよね。今になって思えば、いったいマリアは何を考えていたんだか…)。だけど、私はただ復帰できたことに興奮しすぎていたのね。やっていることが楽しすぎて、それを一晩中続けたくて、ただそれだけの理由で一睡もしなかった経験をしたことあるかしら? 私が3連続でトーナメントに出場してプレーしていた時はまさにそんな心境だった――私の身体が興奮だけでついてきている感じ。ローマでの2セットを終えた時点で、とにかく私は最高の気分だった。