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<西野亮廣>ゴミ人間~『えんとつ町のプペル』誕生の背景と込めた想い~「育児放棄」【短期集中連載/第2回】

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ザテレビジョン

芸人、絵本作家ほか、ジャンルの垣根を飛び越えて活躍する西野亮廣。2016年に発表し45万部を超えるベストセラーとなっている絵本『えんとつ町のプペル』だが、実は映画化を前提として設計された一大プロジェクトだった。構想から約8年、今年12月の映画公開を目前に、制作の舞台裏と作品に込めた“想い”を語りつくします。第2回目は、仲間を得てついに絵本作家デビューを果たした西野亮廣が直面した壁、「作品の完成とはどの地点を指すのか?」という問題について、気づきと作り手(親)の覚悟を明かします。 【画像を見る】幻冬舎の編集担当が 「こんな才能が眠っていたんだ!」と驚いたというデビュー作『Dr.インクの星空キネマ』の1カット ■ たった一人で始めた絵本制作に仲間ができた 0.03ミリのボールペン一本で進める絵本制作は、想像していたよりも遥かに険しい道でした。自分で選んだ道なのに、遅々として進まない絵本制作に僕は苛立っていました。なんのことやら。 くわえて、その頃から世間の「西野叩き」が始まりました。今となっては考えられませんが、当時は、芸人の「副業」を皆が許さなかったのです。「迷走していらっしゃいますね」「アーティスト気取りですか?」といった嫌味が続々と耳に入ってきました。楽屋奥の物置スペースで誰にも迷惑がかからないように絵を描いてると、先輩芸人が次々とやってきて、僕を絵本制作から剥がそうとします。 「芸人がなんで絵本なんか描いとんねん。こっちに来いよ」 バッシングは日を増すごとに酷くなり、いろんな人が目の前から去っていきます。そんな中、絵本制作と向き合い続けていました。世界の誰一人として、「キングコング西野の絵本」なんて望んでいないのに。途中、何度か疑いました。 「僕の判断は正しかったのかな」 絵本制作をスタートさせて2年。処女作『Dr.インクの星空キネマ』は、まだ半分も完成していませんでした。それどころか、出版するアテもありません。番組のプロデューサーが、「出版社は決まっているのか?」と心配してくださって、僕は首根っこを掴まれる形で、六本木のレストランに向かいました。その席にいたのが、幻冬舎の舘野さんと袖山さん。番組プロデューサーが出版社との間を取り持ってくださったのです。 幻冬舎のお二人から、「西野さんは何をしたいのですか?」と訊かれたので、そこから2時間ほどかけて、僕が考えていることを全てお話しさせていただき、最後に、描きかけの絵を一枚お見せしました。 「出版できるかどうかもわからないのに、この絵本の制作にすでに2年も費やされたのですか?」と驚かれたことを覚えています。お二方とも赤ん坊を抱くように優しく僕の絵を扱ってくださいました。そして、舘野さんがバカなことを口にしました。 「西野さんが、他社で作品を発表したら僕は自殺します」 出版のプロとは思えない下手な口説き文句でしたが、これから共に苦労していくことを決定するには十分すぎるほど胸に刺さりました。皆の手前、「めちゃくちゃメンヘラじゃないですか」と笑っていましたが、本当は、見つけてもらえて嬉しかったです。その夜、一人で進めていた絵本制作に初めて仲間ができました。ようやく歯車が回り始めます。 ■ 僕の絵本の売り上げはいつも2万部程度 そこから2年間ほどの記憶はあまりありません。絵本作家に転身したことを言い訳にしたくなかったので、続けさせてもらっていたレギュラー番組は、これまで以上の熱量で向き合い、文句をつけられないだけの結果を残しました。漫才師としても全員を黙らせようと思って、『Mー1グランプリ』に出場しましたが、決勝戦で、敗者復活戦から上がってこられたサンドウィッチマンさんに逆転負けを喫しました。全てが思うようにはいきません。大会終了後、舞台袖で恥ずかしいぐらい泣きました。 大会の打ち上げに参加して、真夜中に帰宅。そこから、また0.03ミリのボールペンを握って、絵を描きました。「日本一の漫才師」の称号を目の前で掬い損ねた悔しさと、まるで終わりが見えない絵本制作に対するストレスがゴチャゴチャに入り混じったまま朝を迎え、そして次の日の仕事に向かいました。この時期、狂ったように働いたことだけは覚えています。ベッドで寝た記憶はあまりありません。 そうして4年以上の月日を費やし、処女作『Dr.インクの星空キネマ』が完成しました。 子供の頃、毎夜、いろんな人が夢に出てきて、いろんな物語が展開されていくことが僕は不思議で仕方ありませんでした。日記すらまともに書けない僕が考えている物語とは到底思えなかったのです。『Dr.インクの星空キネマ』は、そんな子供時代の僕の疑問に宛てたアンサーブックで、「世界中の人が眠ったときに見る夢」の脚本を書いている大忙しの脚本家の物語です。 0.03ミリのボールペン一本で描かれた145ページの異様な絵本。我ながら、なかなか執念めいた作品で、世間に発表すれば大変な話題になると信じて疑っていませんでした。「これで、この4~5年が報われる」と。 ところが、革命は起きませんでした。 売り上げ部数は2万5000部ほど。皆は「絵本で、こんなに売れることはない」と声をかけてくれたのですが、「絵本で」という言葉が入っている時点で負けです。案の定、「そら見たことか」という外野の声が更に大きくなりました。「あのまま、テレビを続けていれば良かったのに」と。 「何かの間違いだ」と自分に言い聞かせて、2作目の制作に入ります。2作目は『ジップ&キャンディ ~ロボットたちのクリスマス~』。大好きだった婆ちゃんとの日々を下地に描いた物語です。あいかわらずボールペン一本勝負でしたが、今度は制作スピードが上がり、約2年で完成。「僕に二度の敗北はない」とか何とか言って、世の中にリリースしましたが、負けました。 次に出した『オルゴールワールド』も、同じく結果は振るいません。僕の絵本の売り上げはいつも2万部程度。その存在を知っているのはコアファンと出版関係者ぐらい。まったく世間から相手にされませんでした。 テレビの世界から軸足を抜いてから、かれこれ7~8年が経ちました。聞こえてくるのは、「キンコン西野、最近、何してんの?」「テレビから干されたの?」「もうオワコンだね」という声。 悔しかったのは、それが作品の評価ではなく、「作品が届いてすらいなかった」ということです。どれだけ素晴らしい作品を作ったとしても、それがお客さんに届かなければ、作ったこととしてカウントされません。これは、全ての作品(サービス)に共通する不変の理です。 僕は「作った」という認識でいるのに、お客さんは「作った」とは認識していません。ここに「作る」という言葉の意味に乖離があります。今後も作品を作って生きていくのであれば、まずは、この「作る」という言葉の意味を再定義し、お客さんと合わせる必要があると僕は考えました。 「作る」とは何か?  「完成」とは何か? 僕は、制作活動の終わりの地点を「完成」と呼ぶのではなく、制作物がお客さんの手元に届くまでの動線を設計し、お客さんの手に届いた地点を「完成」と呼ぶことにしました。そう再定義したところ、僕が取り扱っていたものは全て「未完成品」になりました。お客さんの手に届くまでの動線設計をしていなかったのです。僕は、お客さんに届ける仕事を、吉本興業や出版社に任せていました。「商売人」として見られたくなかったからです。 ■ お客さんの手に届いて作品は「完成」する 「売る作業」に参加すると、必ず「お金」の話が絡んできます。お金教育を受けてこなかった僕は、お金の話をする大人を「卑しい人」として捉えていて、「そっち側」に行きたくありませんでした。表現者として、汚れたくなかったのです。だから、自分は作ることに専念して、「売る仕事」は吉本興業や出版社に任せていました。 でも、ある時、気がつきました。 「作るだけ作って、売ることは他人に任せています」というスタンスは、一見するとクリエイターのあるべき姿のようですが、実際のところは、「育児放棄」です。僕は周囲の目を気にして、保身の為に、「ヨゴレ役」から逃げてしまっていました。 すべて投げ捨てて、この挑戦を選んだのだろう? この期に及んで何してんだ。 何を今さら波風を恐れることがある。 あの日のお前の覚悟は偽物だったのか? ようやく目が覚めました。90年代のトレンディドラマであれば、きっと、傘もささずにドシャ降りの雨に打たれています。忘れているつもりはなかったのですが、忘れていました。僕は、作品の親でした。 ボロを着てもいいし、ひもじい思いをしてもいいし、泥水をすすってもいいし、誤解されてもいいし、日本中から殴られてもいい。ただ一つ。我が子だけは絶対に守る。子供が一人で生きていけるようになるまで育て上げる。それが親の務めです。 この瞬間から「売る」ということと向き合うようになりました。「どうすれば、自分が一生懸命作ったものが売れるのだろう?」。『売る側』から考えても答えが見当たらなかったので、『買う側』から考えてみることにしました。 普段、僕が何を買って、何を買っていないのか? ノートを開き、「買ったことがないもの」と「買ったことがあるもの」を、それぞれ書き出してみたところ、面白い答えが見えてきました。 僕は、月に2冊ほどしか「本」を買っていません。音楽は好きですが、もう何年も「CD」を買っていません。僕は人生で一度も「壺」を買ったことがありません。売り場すら知りません。 そういえば僕は「作品」と呼ばれるものを、あまり買っていませんでした。一方で、「お茶」は買っていますし、「牛乳」は買っていますし、高くても、「電子レンジ」も「冷蔵庫」も買っています。 「買ったことがあるもの」と「買ったことがないもの」の線引きは単純明快、「生きていく上で必要であるか否か」でした。「お茶」も「牛乳」も「電子レンジ」も生きていく上では必要ですが、『Dr.インクの星空キネマ』は、生きていく上で必要ではありません。 なるほど。「作品というものは生活必需品じゃないから売れないんだ」。そう結論したかったのですが、残念ながら売れている作品があります。僕自身、過去に買ってしまった作品があります。 シンガポールに行ったときには、「マーライオン」のキーホルダーを買いました。広島の宮島に行ったときには、「宮島」と漢字で書かれたペナント(三角形の旗)を買いました。 生きていて、「そろそろペナント買おうかなぁ」と思ったことあります? ありませんよね。でも、僕は買っちゃったんです。芸人仲間と京都に行ったときに、「御用」と書かれた提灯を買いました。ちなみに僕は、誰かを取り締まる仕事に就いていません。 ようやく輪郭が見えてきました。僕たちは「作品」にはお金を出さないけれど、「おみやげ」にはお金を出しています。そういえば、どれだけ時代が進んでも、世の中から「おみやげ屋」はなくなっていません。「おみやげ」は思い出を保管する装置として必要ですし、「おみやげ」は親族や友達や会社の同僚に「気を配っている証拠」として必要だからです。 「おみやげ」というものは、「作品」の姿形をしていますが、実際のところは「生きていく上で必要なもの」だということがわかりました。「お茶」も「牛乳」と同じカテゴリーです。 となると、絵本を「おみやげ」にしてしまえばいい。作品を「おみやげ」にする為には、その前の「体験」が必要です。マーライオンのキーホルダーでいうところの「シンガポール」のような。 僕は自宅にあった絵本の原画の貸し出しを【無料】にして、全国どこでも誰でも『にしのあきひろ絵本原画展』を開催できるようにしました。もちろん、原画の貸し出しは【無料】。その代わり、個展会場の出口で絵本を置かしてもらったところ、絵本が飛ぶように売れました。このとき、絵本が「作品」として売れたのではなく、「個展会場のおみやげ」として売れたのです。 これは作家として敗北でしょうか? 僕は、そうは思いません。作品は、お客さんの手に届いて初めて完成します。この頃から、少しずつ「子育て」の方法がわかってきました。(第3回は9月7日[月]更新予定)(ザテレビジョン)

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