再生医療からアンチエイジングにも役立つ遺伝子の「付箋」とは!? vol.2
再生医療からアンチエイジングにも役立つ遺伝子の「付箋」とは!? vol.2 大鐘 潤(明治大学 農学部 准教授) 皆さんは「エピジェネティクス」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。遺伝子の発現に関わる仕組みのことですが、この研究が、最近、話題のiPS細胞や再生医療にも関わることで注目され始めています。その基礎研究が本学でも進められています。 ◇遺伝子発現を制御する付箋がある 生物にとって、遺伝子が書き込まれたDNAは非常に大切なものです。これが狂ってしまうと、別の生物にもなりかねません。だから、細胞の核という、言わば金庫の中に入れてしっかりと保管されています。 たんぱく質をつくるときも、核の中の大切な遺伝子DNAそのものを直接使うわけではないのです。人の場合であればDNAの中にある2万個の遺伝子の中から、オンの付箋が付いたものをRNAというDNAによく似ているが別のものに写し取り(これが遺伝子の発現)、写し取ったRNAの塩基の並び方の情報からアミノ酸の配列が決まり、それによって様々な種類のたんぱく質になっていきます。 すると、金庫に保管されているDNAに書き込まれている遺伝子をわざわざ組み換えたり、いじったりしなくても、そこに付けられている付箋を付け替えることができれば、遺伝子の発現を変えることができるわけです。 もちろん、この付箋も大事なものであり、細胞分裂時にはコピーされ、同じ種類の細胞では同じ付箋情報をもっています。 しかし、実は、人の成長や、あるいはストレスなどの外的要因によって、付箋情報の付け替えが起きることがわかっています。 つまり、付箋は絶対なものではないのですが、それがどのようなメカニズムで付け替えられるのかは、まだ解明されていません。 しかし、理論的には、人為的に付け替えることも可能だと考えられます。すると、どのようなことができるようになるでしょう。 例えば、がん細胞は、正常な細胞で遺伝子自体が変異したものと思われがちですが、遺伝子の発現の制御がおかしくなってがん細胞になっている場合が圧倒的に多いのです。 つまり、変異とは遺伝子の情報そのものが壊れたり、おかしくなることですが、そうではなく、付箋の付き方がおかしくなったために、正常な細胞の働きができなくなっているということです。 例えば、がん細胞はものすごい早さで増殖しますが、実は、細胞分裂を進めるのも遺伝子に付けられた付箋が制御しているのです。その付箋がおかしくなっていることで、がん細胞は暴走するのです。 そこで、言わば細胞分裂のアクセルになっている遺伝子を止め、ブレーキになっている遺伝子を発現させるように付箋を付け替えれば、がん細胞の暴走を止めることができるわけです。 実は、このエピジェネティクスを応用したがん治療は治験も進んでいます。付箋を付ける(はずす)ための酵素がわかってきているからです。 問題は、いまの技術では、がん細胞だけでなく、周囲の正常な細胞で不特定の遺伝子の付箋にも影響を与えてしまうことです。つまり、副作用が起きてしまうことになります。 しかし、がんのような重篤な疾患ではそれが許容範囲に収まるものであれば、がんの抑制剤として実用化される可能性が高いと思います。 ※取材日:2020年2月 次回:医療を変える可能性があるエピジェネティクス(9月29日12時公開予定)
大鐘 潤(明治大学 農学部 准教授)