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「同調圧力」に晒され、独立の危機にある裁判官

配信

nippon.com

日米安保体制の“闇”

より重大な背景事情として、わが国の法体系は日本国憲法を頂点とする法体系で完結している訳ではないことである。第二次世界大戦後の米国による占領の歴史に由来する日米安保条約及び日米地位協定が、本来の法規範の階層序列とは異なり、事実上、憲法を凌駕する形で効力を有しており、その安保条約を淵源とする法体系(安保法制)が憲法の解釈に影響を及ぼしているのである。 米軍基地の便益が私権を制限する例や、米国軍人の犯罪に対する第一次捜査権の制限などが典型例である。その原点にある考え方が、1959年に最高裁が下した砂川事件判決における「統治行為論」である。砂川事件では、駐留米軍が日本国憲法の禁ずる「戦力」にあたるか否かが問われたが、最高裁は「高度の政治性」を有する統治行為について司法審査の対象外だとして司法消極主義に立つことを宣明したのである。 近時、米国立公文書館などの開示資料から、当時の最高裁長官田中耕太郎が、米本国の指示を受けた駐日大使と再三にわたり非公式の会談を持ち、「裁判官の守秘義務」に違反して、最高裁判事の意見分布、評議の経過と判決の見通しまでを伝えていたことが判明した。この事実は、最高裁長官自身が日本国憲法ではなく安保法制に忠実であったことを如実に物語っている。 「統治行為論」は理論上の見解である以上に、憲法体系とは別の安保法制を維持するための「隠れみの」として機能しているのである。この意味で、「法の支配」が貫徹しているとは言い難い。そして、残念ながら、今日でも、裁判所では、憲法判断を差し控える司法消極主義の考え方が主流をなしている。

「均一化」する官僚裁判官

もう一つ、裁判官の給源の特殊性についても紹介しておこう。日本の裁判官制度は、英米法系の国にみられる法曹一元制度(一定の弁護士経験を積んだ者から裁判官を選出するシステム)ではなく、官僚裁判官制度(キャリア・システム)を採っている。わが国では、司法試験合格後の司法修習の段階では、将来の法曹三者が一緒に修習を行うが、裁判官は任官後、検察官等の公務員や民間機関へ一定期間の派遣交流はあっても、一貫して裁判官職を定年まで勤め上げるのが通例である。在職中の転職という形での法曹三者間の移動は一般的ではないので、若くして新規採用された裁判官が、そのまま官僚裁判官として固定され「均一化」することになる。最高裁判事が、法曹三者出身者のみならず学者、行政官等の多様な職業分野から選任されているのとは際立った対照をなしている。そのため、日本の裁判官も、官僚制の弊害ともいうべき没個性化と保守的傾向を免れていない。

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