人間に翻弄され続けた200年、フロリダマナティーの驚きの過去が明らかに、研究
すみやすくなったフロリダの海
1800年代以前のフロリダの海は、マナティーにとっては寒すぎた可能性が高い。1200年代に始まった「小氷期」と呼ばれる寒冷な時期の終わり頃だからだ。1800年代に小氷期の影響が弱まったことで、マナティーはカリブ海からフロリダへと生息域を北に拡大できるようになったのかもしれない。 人間の活動による地球温暖化や、工業活動(発電所からの温排水など)に伴う海水温の上昇により、フロリダの海はマナティーにとってさらに快適な場所となった。 今回の研究によると、1800年代後半から1900年代初頭にかけての新聞には、ヨットハーバーや運河の港などの海水温が高いところでのマナティーの目撃が報告されている。人間が作り出したこうした温水域が避難場所となり、マナティーの生息域を北へ広げた可能性がある。 増えていったマナティーたちは、この頃から始まった人々の認識の変化や法律によって守られた。 19世紀初頭の新聞記事では、マナティーはしばしば「魚」と呼ばれたり、「怪物」と表現されたりしていた。マナティーが海から陸に上がって歩き出すのではないかと心配する人々もいた。 「人々はやがてマナティーのことを、子育てをし、ベジタリアンの、人間を脅かすことのない哺乳類として理解するようになりました」とプラックハーン氏は言う。
マナティーが直面する新たな問題
「マナティーの分布は、昔と今ではかなり異なっている可能性が高いと思います」と、米フロリダ国際大学の生態学者であり、今回の研究には関わっていないアーリン・アレン氏は電子メールで語った。「著者らが指摘しているように、過去75年間にフロリダの海岸線に沿って発電所がいくつも建設されたことで、マナティーは生息域をさらに北へと広げることができたのです」 こうした温水域に生息するフロリダマナティーは、別の脅威に直面している。汚染により有害藻類ブルームが発生し、フロリダマナティーの主要な食料源である海草が減少しているのだ。 アレン氏は海草が減った原因は汚染にあると考え、「マナティーの生息地、特に海草草原を保護し回復させるためには、一丸となった取り組みが必要です」と指摘する。 2017年、米国の絶滅危惧種法(種の保存法、ESA)によるフロリダマナティーの分類は、約50年ぶりに「絶滅危惧(Endangered)」種から「準絶滅危惧(Threatened)」種に変更された。 しかし2021年以降、フロリダ州の大西洋岸でマナティーの死亡数が増加したため、同地域には「異常大量死事象」が宣言されている。この事象は現在も続いており、アレン氏によると、主な原因は海草の減少による栄養失調だという。 発電所周辺の温水域がマナティーの避難場所になっていることも難しい問題だ。 一部の保全論者は、マナティーがこれらに代わる温水域を見つけるまでは、こうした産業施設を維持すべきだと主張している。 「発電所の閉鎖によるマナティーの大量死は誰も望んでいないので、暖かい避難場所の提供は極めて重要です」と、米エッカード大学の生物学者であり、今回の研究には関わっていないレイ・ボール氏は電子メールで語った。氏は自身の研究で、発電所が閉鎖された場合にマナティーにとって暖かい避難場所となる浮遊式の温室を提案している。 プラックハーン氏は、発電所の温排水に頼っているマナティーを別の方法で保護することや、海草の減少に対処するための汚染管理について創造的に考えることが、マナティーの保護にとって重要だと主張する。 「私は、マナティーを絶滅危惧種から除外することを正当化する理由として自分の研究が利用されることを望んでいません」とプラックハーン氏は言う。「この研究が示しているのは、マナティーの数や生息域の拡大は主に人間が原因であり、私たちにはマナティーを幸福にする責任があるということなのです」
文=Olivia Ferrari/訳=三枝小夜子