お正月に観たい!『ブギーナイツ』今だからこそ見るべき、鬼才ポール・トーマス・アンダーソンの出世作にして最高傑作
P・T・アンダーソン長編第二作
新作を発表する度に世界に注目される映画監督は多くはないが、ポール・トーマス・アンダーソンがそのひとりであることは多くの映画ファンが認めるところ。『マグノリア』(99)『パンチドランク・ラブ』(02)『ザ・マスター』(12)は国際的に評価され、ベルリン、カンヌ、ヴェネツィアという世界三大映画祭で受賞を果たし、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)や近作『ファントム・スレッド』(17)はアカデミー賞作品賞にノミネートされるなど、とにかく高評価を得ている。 そんなアンダーソンの出世作となったのが、彼の長編第二作にして、アカデミー脚本賞候補作品『ブギーナイツ』(97)。1970~80年代の米ポルノ映画界を題材にしているために、非道徳的という理由から敬遠している映画ファンもいるが、それはあまりにもったいない。というわけで、本稿ではこの傑作の魅力を改めて探ってみよう。 舞台となったロサンゼルス近郊のサンフェルナンド・バレーはアンダーソンが幼少期を過ごし、また成人映画やアダルトビデオの製作スタジオが多数存在する、米ポルノ産業のメッカというべき町だ。主人公のエディは、自分の価値を認めて欲しくても厳格な両親に押さえつけられ、いら立っている、どこにでもいる17歳の少年。そんな彼のジーンズの股間の並々ならぬふくらみに、ポルノ映画界の巨匠ジャックが目を付け、男優としてスカウトする。 ダーク・ディグラーの芸名でたちまちスターになったエディは、同時にジャックや彼の仲間たち……男優仲間や人気女優、新進女優、スタッフらとの共同生活に実の家族のような居心地の良さを覚えていく。しかし、良い時間は長くは続かない。映画はエディを中心とした群像劇で、ポルノ映画の衰退~アダルトビデオの台頭という時代の転換期を生きた人々の運命を見つめていく。
ポルノスターを演じるはずだった、あの人気俳優
まずは主人公エディのキャラクターの面白さを紐解いてみよう。『ブギーナイツ』はフィクションだが、さまざまな実話をヒントにしている。たとえば、エディのモデルとなったのは実在のポルノ男優ジョン・C・ホームズ。並外れたサイズの男性器を武器にしてスターとなり、探偵アクション風のポルノ・シリーズにも主演、コカイン中毒となり犯罪にも手を染める……そんな経歴はエディの物語にそのまま取り入れられた。 ごく普通の17歳の少年だったエディの自室に貼られたポスターやピンナップからは、1977年の時代性が見えてくる。人気女優ファラ・フォーセット、不世出の武術アクター、ブルース・リー、『セルピコ』(73)のアル・パチーノ、スーパーカーなどなど。それらは、当時の少年の夢であった。エディは、これらの“夢”を次々とかなえていく。美女との仕事、カンフーを取り入れたアクション演技、そして高価なスーパーカーの購入……彼は成功者となったのだ。 エディのドラマのもうひとつのモデルと言えるのが、1977年製作のヒット作『サタデー・ナイト・フィーバー』だ。ジョン・トラボルタが演じた、この映画の主人公の部屋には、やはりブルース・リーやパチーノのポスターが貼られている。ディスコ・ダンスで優勝する場面は、エディがポルノ業界の最高の賞を受賞する姿と重なり、その後の転落、再生も本作と被る。若いから成功するとイイ気になる。そして失敗する。ミジメな気持ちになる。それでも生きていこうとする姿に観客は希望を見るのだ。 エディ役は当初、レオナルド・ディカプリオが予定されていた。が、彼は『タイタニック』(97)の出演を選択して降板。代わって起用されたのがマーク・ウォールバーグだ。ラッパーから俳優に転身し、本作で成功をつかんでスターの座に。『ディパーテッド』(06)『テッド』(12)『トランスフォーマー ロストエイジ』(14)など、話題作に次々と出演した以後の活躍ぶりはご存じのとおり。しかし、近年ウォールバーグは作品のクオリティを認めつつも、本作に出演したことを後悔していると語っている。今や彼は4児の父親で、敬虔なカトリック信者。過去にポルノスターを演じたことが、家族にあたえる影響を心配しているという。逆にディカプリオは、本作をオファーを断って後悔した映画の筆頭に挙げているのだから、スターの歩みもさまざまだ。