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多様性の実現を目指す社会に響く 車いすバスケを通じて香西宏昭が伝えたいこと

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THE ANSWER

「薄っぺらく聞こえるかもしれないんですけど…」と紡いだ言葉とは

 2021年の東京で、4度目のパラリンピック出場を目指す人がいる。車いすバスケットボールの香西宏昭だ。12歳で車いすバスケットボールに出会ってから21年。競技を極めるためにイリノイ大学に留学し、卒業後はドイツへ渡って、日本人の車いすバスケットボール選手では初のプロとして活躍した。これまで、北京、ロンドン、リオデジャネイロと、3大会連続でパラリンピック出場を果たしている。  日本代表の副将を務めたリオデジャネイロ大会では、競技人生最大の挫折を味わった。2013年に東京パラリンピックの開催が決まり、車いすバスケットボールにも多くの注目が集まる中、「チームもいい感じだし、今の自分たちなら目標の6位より、もっと上にいけるんじゃないかと思って臨んだんですね」。だが、蓋を開けてみると、思わぬ連敗を喫するなどして予選リーグ敗退。同じようなミスを繰り返した香西は、目標を達成できなかった事実に「自分の判断ミスだったりとかスキルのなさで負けた」と悔やんだ。  このままじゃいけない。今のままじゃ、東京パラリンピックでメダルを獲る云々以前に、自分がその場にいられないかもしれない――。  そう思った香西は「いろいろな専門家の力を借りて、まずは自己成長しよう」と一念発起。トレーニングはもちろん、食事、メンタル、あらゆる分野で自身のアプローチを見直した。2019年からは6シーズンを過ごしたドイツを離れ、日本での活動に専念。日本代表として、2018年はアジアパラ競技会、昨年はアジアオセアニアチャンピオンシップスに出場し、チームの実力アップに努めている。  これまで車いすバスケットボールと言えば、欧米のチームが圧倒的な強さを誇っていたが、近年は実力が拮抗。この4年間で日本代表はリオデジャネイロパラリンピックで銀メダルだったスペインに肉薄したり、世界選手権では強豪のトルコに勝利を飾った。香西は「なかなか今まで勝った経験がないのが、自分たちの弱みではある」とは言うが、「世界のチームとの差は確実に縮まってきている。強くなっているという自信はあります」と力強い。 「東京ではリオの悔しさを晴らしたい」  20年以上もプレーをし続け、今なお競技への情熱を失わないのは、「車いすの格闘技」と称されるほどエキサイティングな競技性に魅了されているからだ。そしてもう一つ、様々な障がいの程度を持つ選手たちが同じ土俵で戦うことにより、日々多くの学びを得ているからでもある。

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