日本独特の「取次」が経営する本のホテルと“喫茶店”
染谷:浮き沈みはありましたが、コロナ対策をした後はむしろ好転して、連泊で使ってくださるお客さまもいらっしゃいました。コロナを乗り越えたことも、私たちとしては手応えになっています。 書店の減少とともに、日本人の本離れがいわれて久しいですが、本はまだ「効く」のでしょうか。 染谷:実はコロナ最中の2020年に、書店業界は全体的に売り上げが伸びたんです。それまで娯楽市場の時間の奪い合いゲームの中で、本は押されていたわけですが、ある条件が設定できれば、今の人たちにも本を読んでもらうことは可能なんだ、という気付きがそこにはありました。 ●ブックホテル「箱根本箱」はこうして生まれた 「箱根本箱」は、コンセプトや空間づくりに、外部の方も関わっていますか。 染谷:はい。「株式会社 自遊人」社長で、クリエイティブ・ディレクターの岩佐十良さんに、プロデュースをお願いしています。 ああ、「里山十帖」(新潟県)のプロデュースで有名な岩佐さんですね。岩佐さんは00年に東京で雑誌『自遊人』を創刊し、14年に「里山十帖」、20年に「松本十帖」(長野県)という、宿泊施設を核にしたライフスタイル事業を展開。雑誌が持つ“編集力”の実業的な応用が注目されています。岩佐さんの起用は、どういう経緯だったのでしょうか。 染谷:日販グループホールディングス会長の吉川英作と社長の富樫が、デザイン系のサミットで岩佐さんの基調講演を聞いたことがきっかけです。同じ出版業界の方が先行的な事例に取り組んでおられるということで、「ぜひ一度、うちの保養所を見に来てください」と、吉川、富樫がお願いし、岩佐さんからもご快諾をいただいて、話が進みました。 トップのフットワークが軽いですね。 染谷:私自身も岩佐さんのお仕事には、興味と敬意を持っていたので、すごくワクワクしました。その時に岩佐さんからご提案をいただいたのが、今のブックホテルの原型となる「本が読めるホテル」というアイデアでした。岩佐さんの企画書は読めば読むほど魅力的で、こんなこともやってみたい、こんなホテルにしたいというアイデアがどんどん膨らんでいきました。 染谷さんには「あのホテルを参考にしたい」といったロールモデルはあったのでしょうか。 染谷:具体的なモデルはなくて、私の想像で「ブックホテルがある1日」というストーリーを構想して、20ページほどの企画書に仕立てたものがありました。その手法は三菱商事勤務時代にスープストックトーキョーを社内創業された遠山正道さん(現・スマイルズ代表)が、起案の際に書かれた「スープのある1日」という企画書をまねたものです。強いて言うと、それがロールモデルですね。 それは面白い。どんな内容を書かれたのでしょうか。 染谷:遠山さんの企画書は、スープストックトーキョーがある未来を日記風のストーリーブックに仕立てたものです。まだ現実にないものを、すでにあるように書かれていて、スープストックトーキョーという店が私たちの日常に必要なのだ、とワクワクするような説得力がありました。私もいつか、その手法で企画書を書きたいと思っていたんです。 染谷さんが書かれた企画書、さわりを見ることはできますか? https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00621/091900007/?SS=imgview&FD=-1039003465 こういう説得の仕方があるんですね! 染谷:すみません、狙っています(笑)。ここでも、プロデュースやディレクションを外部の専門家に丸投げする方が、もしかしたら楽だったかもしれません。でも、それでは自分たちの会社に何も残りませんので、独自のコラボレーションを模索しました。 「箱根本箱」と「文喫」のプロジェクトは並行していたのでしょうか。 染谷:はい、並行で進めていました。 「文喫」はどういう経緯で?