常識を覆す半導体メモリー「MRAM」でゲームチェンジ狙う。東北大発ベンチャーの勝算
電子が持つ磁石の性質(スピン)を利用したMRAM(磁気記録式メモリー)。これまでの常識を覆す「不揮発性かつ低消費電力」を実現する半導体メモリーだ。 【図解】DRAMとMRAMの違い パワースピン(仙台市青葉区)はMRAM研究をリードしてきた、東北大学からスピンアウトしたスタートアップ。世界の最先端を行く技術で、エレクトロニクスのゲームチェンジを狙う。 電子は電荷のほかに、磁石の性質も併せ持つが、通常のCPUやメモリーでは電荷の性質のみを使い、データを保持している。そのため、電源を落としてしまうとデータが消えてしまう。計算をしながらデータを保持するには、常に通電させる必要があり、動作していない時にも待機電力がかかっていた。また、電源を供給しなくてもデータを保持するハードディスクなどにデータを移動させる電力も必要だった。 一方、MRAMは「スピントロニクス」という技術を採用し、磁石の性質でデータを保持させる。反発し合うS極とN極に「0か1」のデータを割り当てる。通電しなくても不発揮性を実現し、消費電力を減らせる仕組みだ。 通常のプロセッサは演算を行うロジック部とデータを保持するメモリー部が分離しているが、パワースピンの開発するスピントロニクスプロセッサはロジック部とメモリー部を融合することで省電力と演算性を確保した。計算を行う時にのみ通電することで、データ保持のための待機電力を減らす。既存のプロセッサよりも、少なくとも10分の1の低電力を実現できるという。低電力で稼働できるため、機器の発熱を避けるために抑制していた演算能力を向上させることができる。これまでのプロセッサが抱えていた「演算能力と消費電力」のトレードオフを解消することが可能だ。 「我々が目指すのは、イギリスのアームのようなポジションだ」。遠藤哲郎最高技術責任者(CTO)は自社のビジネスモデルをこう話す。巨額の投資を必要とする半導体業界は水平分業が進んでおり、開発のみを行う米エヌビディアやクアルコム、製造のみを担う台湾のTSMCなどプレーヤーが確立している。これらの会社が工程ごとに事業を展開することで、投資の負荷を減らし、半導体製品の世代交代の早さに対応している。 アームは半導体回路の設計を行い、この設計図を他社にライセンスすることで収益を上げている。また、最終製品からも生産個数に応じてロイヤルティー収益を得る。実際、スマートフォンなどのハイテク製品から産業機器向けの組み込み製品など、数多くの最終製品にアームモデルのプロセッサが採用されている。 パワースピンはアームと同様に、スピントロニクスプロセッサの設計図をライセンスする計画だ。当面はキャッシュメモリーとして使われるSRAMの代替としての利用を狙う。遠藤CTOは「ハイテク製品向けは価格よりも性能が重視される。高価格でも十分商機はある」と説明する。将来はより広く使われるDRAMの置き換えも想定する。