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【ニューエンタメ書評】伊東潤『囚われの山』、佐々木譲『図書館の子』ほか(レビュー)

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Book Bang

 この原稿を書いている七月現在、東京都の新型コロナウイルスの感染者数が、連日、二百人を突破している。経済的な見地から、緊急事態宣言が再度、発令されることはないだろうが、やはり不要な外出は控えた方がよさそうだ。まあ、出版社のパーティーなどが中止になり、東京に行く用事も格段に減っている。いつもより時間が取れるので、家に籠ってゆっくり本を読んでいることにしよう。  ということで今回の書評は、乃南アサの大作『チーム・オベリベリ』(講談社)から始めたい。主人公の鈴木(後に渡辺)カネは実在の人物。横浜の共立女学校で学ぶ、開明的な女性のカネは、兄の銃太郎の紹介により、渡辺勝と結婚する。勝や銃太郎は、伊豆の素封家の依田勉三と共に、北海道開拓のための株式会社「晩成社」を作り、新天地に向かう準備を進める。やがて夫と一緒にカネもオベリベリ(帯広)で、開拓に従事する。だが現実は厳しく、「晩成社」には、さまざまな試練が襲いかかるのだった。  カネは、インテリ女性であり、未知に憧れるフロンティア・スピリットの持ち主である。そんな女性の視点から、開拓の苦労が綴られていく。酷寒や蝗害といった自然の力に打ちのめされることもあれば、「晩成社」の問題に悩まされることもある。さらに開拓が順調に進まぬことで、固い絆で結ばれていたはずの勝・銃太郎・勉三の関係も崩れていくのだ。重厚な筆致で描かれる北の地の物語は、息苦しい迫力で読者に迫ってくる。そのようなストーリーを通じて作者は、どのような場所であろうと、ささやかな幸せを灯にして、人は生きていくものだと訴えているのだ。物理的にも精神的にも、重い一冊である。  伊東潤の長篇ミステリー『囚われの山』(中央公論新社)も、読みごたえあり。テーマは、明治三十五年に起きた、世界登山史上最大級の遭難事件といわれる、八甲田山雪中行軍遭難事件だ。ただしメインの舞台は現代。そう、本書は歴史ミステリーなのである。  歴史雑誌「歴史サーチ」の編集部員の菅原誠一は、社長の意向で決定した特集の取材のため、青森に飛んだ。八甲田山雪中行軍遭難事件に関する、新たな謎を発見するためである。社内での地位に不満を抱き、私生活では妻との離婚の危機にある菅原。なぜかやって来た編集長の桐野弥生を持て余しながら取材を進め、雪中行軍が日露戦争を控えた軍の、人体実験だった可能性を掴む。そこからさらに、犠牲者が百九十九人ではなく二百人だと考えた菅原は、独自に調査を続けるのだった。  歴史ミステリーには、現在でも議論される歴史の謎を扱ったものと、特に謎のない史実の中に、新たな謎を創り上げたものという、ふたつのパターンがある。本書は後者で、八甲田山雪中行軍遭難事件に、二段構えの謎を設定し、面白い作品に仕立てた。また、八甲田山に囚われた軍人たちと、現実の生活に囚われた菅原が、重なり合うようになっている。生きているからには、人は何かに囚われずにはいられないということか。ここも本書の注目すべきポイントなのだ。  お次は、新人のデビュー作だ。五十嵐律人の『法廷遊戯』(講談社)は、第六十二回メフィスト賞受賞作。メフィスト賞は、どんな作品が飛び出してくるか分からないビックリ箱的なところがあるが、本書はリーガル・ミステリーである。しかも第一部が、法都大学ロースクールで学生たちが開いている“無辜ゲーム”と呼ばれる模擬裁判。第二部が、無辜ゲームで審判者をしていた結城馨が殺された事件の裁判となっている。殺人事件の被告人となった織本美鈴と、弁護士の久我清義は、児童養護施設時代からの知り合い。そして馨たちと共に大学で学んだ仲である。不可解な沈黙を貫く美鈴を、なんとか助けようとする清義。その努力により、裁判は意外な方向に進んでいく。  なかなか手の込んだ作品である。一例を挙げよう。清義は電車の中で、痴漢冤罪を仕掛けようとした少女に忠告をする。そして第二部になると、彼女を捜し出して弁護士事務所で雇っていることが分かる。ちょっといい話のように見えるが、清義が彼女を助けた理由がきちんとあり、それは殺人事件の謎へと繋がっている。その他にも、第一部で撒かれた多くのパズルのピースが、第二部でピタピタと嵌っていく様は圧巻だ。人間の罪と罰だけではなく、司法の問題も浮かび上がり、ページを繰る手が止まらない。またひとり、将来の期待できる新人が登場した。  葵遼太の『処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな』(新潮文庫nex)も、新人のデビュー作。留年した佐藤晃。ギャルの白波瀬巳緒。吃音の御堂楓。オタクの和久井順平。クラスのはみ出し者になった高校三年生の四人が仲良くなり、バンドを結成して、学園祭で演奏する。粗筋だけ書き出すと、あまりにもありふれた青春小説だ。しかしこれが、抜群に面白い。文章もキャラクター作りも、デビュー作とは思えないほど達者なのだ。しかも第二章に入ると、物語の真の姿が見えてくる。主人公の佐藤が留年した理由が、もうすぐ死ぬ恋人と会うため、学校へ行かずに病院に通っていたからだということが明らかになるのだ。でもそれは、もう終わったこと。つまり本書は、難病物のその後を描いた作品なのだ。予想外に充実した青春をおくりながら、恋人を失った虚無感から逃れられない佐藤。彼が前を向いて生きるようになるまでを、作者はストーリーを過度に重くすることなく、鮮やかに表現したのである。このバランス感覚がいい。この新人、なにか切っかけがあれば、あっという間に人気作家になるだけの力がある。

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