映画『きみの色』をレビュー 山田尚子×吉田玲子の最強タッグが放つ、いい子のための処方箋! 反抗できないけど、自立したい…若者の心にギリギリまで迫る傑作が誕生!
社会現象化した『けいおん!』をはじめ『たまこまーけっと』や『聲の形』など、数々の名作アニメを生み出してきた、山田尚子監督×脚本家・吉田玲子の最強タッグが送る最新映画『きみの色』。「第26回上海国際映画祭金爵賞アニメーション最優秀作品賞」を受賞するなど、国内外問わず高い評価を獲得しており、今話題を呼んでいます。 【画像】映画『きみの色』のカット集や『けいおん!』など山田尚子×吉田玲子タッグの名作アニメをもう一度チェックしよう! 筆者は『けいおん!』を高校時代にリアルタイム視聴していたこともあり、これはチェックせねばと思って見てきたのですが……見事にハートを撃ち抜かれてしまい、序盤から涙が止まりませんでした。 音楽と青春劇を組み合わせながら、若者の瑞々しい日常や日々の葛藤を丁寧に描き出す2人の作風は、さらに磨きがかかっており『きみの色』で一種の最高到達点を迎えているように感じました。 今回はそんな傑作映画『きみの色』をレビューしようと思います。本記事にはネタバレが含まれるため、映画を見てから読むことをおすすめします。
映画『きみの色』をレビュー:いい家族だからこそ、本音が言えない…“いい子”が抱える複雑な感情
突然ですが皆さんは親に反抗したことがあるでしょうか? 正直な話、筆者はほとんどありません。この記事を読んでいる皆さんの中にも、反抗期を経験したことが無いという人は意外と多いのではないでしょうか。 現代の若者心理を分析し、話題を呼んだ金間大介氏の著作『いい子症候群の若者たち』の中でも、自己主張を恐れ他人との競争よりも協調を重んじる、現代の若者像が紹介されており、一定の説得力を持って世間に受け入れられていたように思います。 このことからも親へ反発するという態度を取る若者が少なくなっていることは想像でき、SDGsや多様性に理解のある若者像が共有されるなど、近年いわゆる「いい子」が増えているような印象も受けます。 もちろん、その反対側には「毒親問題」や「親ガチャ問題」などにより理不尽な想いを抱え、上の世代に対して強烈な反発心を持っている若者も確かに存在します。2020年に大ヒットしたAdoの「うっせぇわ」に大人への怒りを託した人も少なからずいたはずです。 では、毒親問題を抱えていない「いい子」は、親や家族に対して何もストレスを感じていないのかと言うと、そんなことはありません。『きみの色』の日暮トツ子、作永きみ、影平ルイの3人のように、衣食住に困ることなく、ちゃんとした教育を受けることができる若者でも…いや、だからこそ、親や家族に対して自分の想いを隠してしまうところがあるのです。 自分がどれだけ恵まれているかが分かっているからこそ、周りの期待が見えるからこそ、自分の意見を言ったり、自分のやりたいことをやったりするのは“わがまま”なんじゃないかと、自己主張することを躊躇してしまい、本音をさらけ出せないでいる若者は決して少なくないでしょう。『きみの色』は、そんないい子だからこそ生じる悩みや、自分の気持ちと周囲への気遣いで葛藤する心にギリギリまで迫った作品と言えます。 例えば、ルイは母親に家業である医者を継ぐことを強く期待されるがゆえに、音楽の道へ進みたい本音を隠しています。きみの場合は、同居する祖母がかつて通った全寮制のミッションスクールに入り、祖母から聖歌隊になることを期待されていたものの、学校を中退してしまいそのことを祖母に言えずにいます。2人とも愛され期待されるがゆえに、自分の主張が家族を傷付けてしまうのではないかと家族を気遣い、本心を隠しているのです。 これはまさに「いい子」だからこその悩みで、いい家族だからこそむしろ辛いこともあるという、素朴過ぎるがゆえに意外と取り扱われることが少ないテーマです。そういう意味で本作は一見優しいタッチでありながらも、非常に挑戦的な映画と言えるかもしれません。
【関連記事】
- 空前の「大ガールズバンド時代」が到来! 『ガールズバンドクライ』や『ぼっち・ざ・ろっく!』などバンドアニメはなぜこれほど人を惹き付けるのか?
- 『劇場総集編ぼっち・ざ・ろっく!Re:』を本気レビュー! なぜ「ぼざろ」は社会現象になったのか? セカイ系と“訂正する力”から見る「ぼざろ」が今に刺さる理由
- この作品からは誰も逃げられない『デットデットデーモンズデデデデストラクション 前章』をレビュー&考察 “シン・終わらない日常”の時代を生きる僕たちに突き刺さる大大大大傑作が誕生!
- “脳がバグる”と話題のTVアニメ『逃げ上手の若君』をレビュー 北条時行が理想の主君(上司)である4つの理由【アマプラおすすめアニメレビュー】
- 【アカデミー賞受賞作品】賛否両論の『君たちはどう生きるか』をレビュー&考察 “わけの分からなさ”に”豊かさ”があることを教えてくれる不思議な作品