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【シリーズ:BOOK】「力を持つかたち」としての芸術作品。『かたちは思考する 芸術制作の分析』

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美術手帖

複合体の思考  グッと力を入れて湯のたまったバスタブの底のゴム栓を引き抜く。すると水面はしばらく平静を保ったまま下降し、やがてその一点がY字状にくぼみ、排水溝まで螺旋状に連なる縦長の渦が現れる。水面が底へ近づくと渦は排水に抗うように激しく揺れ動き、しかし音を立てて一挙に飲み込まれる――子供の頃、この現象に不思議と魅惑された。  かたちは時に、人をひき込む強さを帯びる。こうした「力を持つかたち」を芸術の定義に据えること、ここに本書の反時代性がある。価値が多元化した現代において、アートワールドの住人らによって芸術として承認されればなんであれ芸術だ、としばしば言われる。だが著者は、そうした制度論的な語りには「関心を引かれない」と素っ気ない。これに代わる別の基準、それこそが形象の力である。  本書は、著者が十数年にわたって執筆してきたテクスト群を収めた論集であり、主に近現代の絵画、映画、パフォーマンス、さらには諸ジャンルを複合するような対象が扱われる。平倉が取り上げる作品群と同様に、本書もまた読む度に読者を巻き込む力を持った思考の渦である。  唯一書き下ろされた序章では、本書を貫くイメージ分析の方法論が示されている。「力を持つかたち」としての芸術作品に接するとき、その容易には汲み尽くしえない複雑さによって、毎回異なる相貌が現れる。テクストにおいて平倉が実践するのは、多元的様相を持つ作品を文章やダイアグラムとして取り出し、複数の時間をまたいで形成されたこれらの記述群を、目の前の作品とともに再統合する、という手法である。圧縮的に記述された複数のパターン、その重なりとズレを通じて新たなパターン=モワレとしてのテクストを生成すること。この手法が極まった箇所において、ページは文章―図版―ダイアグラムによる複合体の様相を呈するだろう。  本書を開く度に読者はモワレ状の思考の渦に巻き込まれ、しかしその都度に異なる何かを掴むことかができるはずだ。メモであれ図であれ、それを「外化する」ことを、おそらく本書は求めている。 (『美術手帖』2020年2月号「BOOK」より)

評=池田剛介(アーティスト)

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