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フェラーリやランボルギーニでは得られないマクラーレンの魅力とは?

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GQ JAPAN

長時間走り続けても疲れにくいスーパーカー

マクラーレン・オートモーティブの躍進は自動車界の奇跡といっていい。 彼らの驚異的な成長は、なによりその生産台数の伸びが雄弁に物語っている。2018年、マクラーレン・オートモーティブは誕生から9年目にして年産4863台を達成し、5000台にあと一歩と迫ったのだ。 ちなみにフェラーリが年産5000台の壁を破ったのは創業59年目の2005年。ランボルギーニは誕生から56年の歳月を経た2018年に初めて年産5000台を超えた。時代が違うといえばそれまでかもしれないが、フェラーリが年産5000台からさらに5000台を上乗せするのに14年を要したことを考えれば、ゼロ・スタートからわずか9年で5000台の大台に迫ったマクラーレンの成長を驚異的と表現しても異論は出ないだろう。 なぜ、彼らはこれほどの急成長を遂げることができたのか?その理由は「F1チームをバックボーンとする優れた技術力」に、くわえて、「フェラーリともランボルギーニとも異なる新しいスーパースポーツカーの世界観」を、提案し、これがマーケットに受け入れられたことが大きいと考えられる。 では、マクラーレンの技術力とはなにか? と、いえば、ひとつには軽量高剛性なカーボンコンポジット・モノコックを採用している点。もうひとつはエアロダイナミクスやサスペンションに先進的な技術を投入している点が挙げられる。 とはいえ、こうした技術力は成功を収めるうえで重要なファクターではあるものの、私はもうひとつ「フェラーリやランボルギーニなどと異なる、新たなキャラクターの構築」にこそ、本当の成功の鍵は隠されていたのではないか? と、考えている。 では、マクラーレンのキャラクターとはなにか……ひと言であらわせば「クールな超絶パフォーマンス」になるだろう。 スポーツカー、とりわけスーパースポーツカーにとってもっとも重要なのはハイパフォーマンスとエモーショナルな価値のふたつであると長年考えられてきた。いや、むしろエモーショナルな価値のほうが重視されてきたといっても過言ではない。スタイリング、エンジン・サウンド、ハンドリングなどに魂を揺さぶられ、操る喜びに満ちたスポーツカーこそが正義……。フェラーリやランボルギーニは、そんな思いを胸に抱いてクルマ作りに励んできたように思う。 ところが、マクラーレンはこの正反対をやってみせた。いたずらにドライバーを刺激することを徹底的に排除し、どれほど攻めても冷静な判断力を保てるスーパースポーツカーを作り上げたのである。なぜか? もしもあなたがF1ドライバーで、300km/hで走行中にライバルとバトルするとしたら、どんなF1マシンが好都合だろうか? トップエンドで叩きつけるようなパワーを炸裂させるエンジンか?それともカミソリのようにシャープなハンドリングか?見ためは格好いいけれど空力性能が不十分なスタイリングか?いや、そんなドライバーを刺激する要素は一切不要。それよりも重要なのは、回転の上昇にしたがって一直線にパワーが高まる扱い易いエンジンであり、微妙なステアリング・ワークを正確にクルマの動きに反映させるハンドリングであり、優れた空力特性と相手がいまどこにいるかを瞬時に捉えられる良好な視界を両立したスタイリングだろう。そうした信頼に足る道具こそが、ドライバーに自信を与えるとともに冷静さを保ち、ライバルを攻略するまたとない武器になるのである。 マクラーレンのロードカーが備えている特性が、まさにこれである。扱い易いエンジン特性とリニアリティの高いハンドリング。それでいながら、エンジンもハンドリングもドライバーの期待どおりの速さで反応する適切なレスポンスも持ち合わせている。もちろん、F1で培ってきたエアロダイナミクスのノウハウは最大限生かされ、視界も良好。さらにいえば、スーパースポーツカーでありながら長丁場のドライビングを楽々とこなす快適性も備えている。それが、マクラーレン・ロードカーの本質といって間違いない。 だから、マクラーレンはスーパースポーツカーでありながら長時間走り続けても疲れにくい。つまり、マクラーレンはスーパースポーツカーでありながらグランドツアラーの素養も兼ね備えていたのである。

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