中国のオンライン会議、テンセントとZoomの2強
【中国IT事情】国外と会議ならZoom、サーバーが中国内
コロナ禍で人の移動が制限される中、ビジネスでも当然の手段として一気に浸透したのがオンライン会議である。 これまでの副次的な手段という位置づけが一変し、今や国内もしくは近隣においてさえも不要な人的接触を避けるため、優先して利用されるようになった。 そのソフト提供者の代表である米国のZoom社は世界でユーザー数を増やし、2019年4月に新興市場ナスダックに上場した際の株式公開価格36ドル、初値65ドルが、昨月には270ドルを超す程高騰している。 中国においてもオンライン会議は同様に進んでおり、国内および国際的な会議はもとより、多くの大学でも学生は春節後に結局復学することなく全てオンラインで今期の講義が終了した。清華大学でも卒業式すらオンラインで開催され、卒業生は学内にある寮からの荷物搬出のためにわずか二日だけキャンパスに入ることが許される程度であった。 中国でオンライン会議に使用される主なソフトとしては、前述のZoomに加え、テンセント社による「テンセント会議」、アリババ社による「ディントーク」、米国シスコシステムズ社の「Webex」、またマイクロソフト社の「MicrosoftTeams」が挙げられる。 本年3月のios版アプリのダウンロード統計によると、テンセント会議が900万、Zoomが400万とこの二つが他を圧倒している(3位のWebexは40万)。(なお、8 月 3 日の Zoom 社の発表では中国本土への新規およびアップグレード版の直接販売を今後終了し、現地の提携企業と契約する方式に変更するとされている。) 筆者も毎日のように会議に参加しているが、使い分けとしては9人以下の少人数では中国版LINEのウィチャット、中国側参加者だけの場合はテンセント会議、日本や海外の参加者も複数いたりある程度の規模になるとZoomが利用されている。 その際に日本側からよく指摘されるのは、Zoomを中国で問題なく使えるのか、音声や画像が途切れたりしないのかといった点である。大事な会議であるほど途中で問題が起きては困ると、日本側の事務方からも念を押されるのだが、現在は全く問題はない。 確かに中国のネット規制を知る人からは、中国国内でFacebook、Twitter、Google、Youtube、LINEといった国際的にメジャーなソフトがほとんど使えないのと同様に、米国のZoomも何かしらの規制対象になり得ると容易に想像されるのだろう。 その想像は正しいのだが結論は異なっている。果たしてその背景はどうなっているのだろうか。 結論としては、中国でのZoomは中国政府の要件に従って国内でのサービスが展開されていることから認められているのである。中国で未登録のユーザーがZoom会議に参加するには携帯電話の実名登録が必要となっている。そのため個人情報管理が可能である。 また中国でのZoomが対応するデータセンターは中国本土に設置されており、海外とのアクセスの際もまず国内の管理されたデータセンターを経由することになる。他方でそのために通信上の遅延も起こらず、日本側が意外に思うほど中国側Zoomからの音声画像がスムーズでもある。 通常、中国滞在時に外国のウェブサイトにアクセスすると、通信遅延の問題が発生しページの開きが非常に遅くなるが、これはインターネットの速度が遅いためではなく、ウェブサイトのサーバーサイトが海外にあるためである。なお、海外のZoomユーザーが会議を主催した際でもそのユーザーが中国内のサーバーを選択しなければ、中国国内のユーザーは会議に参加することが出来ない設定になっている。 以上からZoomは結果として、中国当局から認められた上で機能面での低下も起こさずにサービスを展開できている。 なお、Zoomには「国際版」と「国内版」があり、中国国内で通常登録できるのは「国内版」である。 「国際版」では、ネットワーク拠点は必ずしも中国国内ではなくユーザーに最も近い世界の拠点に直接接続される。たとえば、出張でロサンゼルスに行く場合に「国際版」Zoomはサンノゼのデータセンターに繋がり最もスムーズな通信速度で利用することができる。 しかしこの国際版アカウントの登録は中国では制限があり、登録したとしても自ら会議を開催することができない。更には2019年9月9日に起こったように国際版アカウントへのアクセス自体が出来なくなることもあり得る。また国内版のユーザーに対しても、本年10月1日より国際版Zoomで開催された会議に参加した場合は当局が個人情報を収集するといった規制が予定されている。 更に中国国外での「国際版」Zoomアカウントに対しても中国の影響が垣間見られるようになってきている。 本年6月には、米国を拠点とする中国人の活動家達が天安門事件の追悼集会にZoomを利用したとの事で、国際版アカウントを停止された。Zoom社が中国市場へのアクセスと引き換えに中国政府に従ったと見られており、Zoom社も中国本土からの参加者が確認されたために中国法に基づく決断であったと認めている。 CEOのエリック氏は「我々は米国企業であり、中国企業ではない」と強調し、活動家達のアカウントは回復されたものの、米国での疑義と不安の目は燻っている。直近では中国系ビデオアプリのTikTokに対し、米国が排除の動きを見せているだけに、より社会に根付きつつあるZoomへの対応にも注目される。 中国の外国ネット企業に対する態度は「我が家にあなたを歓迎します。しかし私はあなたを見守ります」と言われている。コロナ禍でやむを得ないこともあり、政治やビジネスといった重要な場面でもオンラインの利用機会は今後も増えていくだろう。 その際に中国版Zoomはあくまで中国に見守られた客人であるとの認識を頭の片隅に持つべきでもある。 ■小池 政就(清華大客員教授) 工学博士、清華大学客員教授。丸紅勤務、東大助教、日大准教授、衆議院議員を経て北京へ。 専門は国際関係、エネルギー、科学技術と幅広く、米国、英国でも留学および勤務歴あり。 現在はブロックチェーン企業の顧問も務める。