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妖怪アマビエのルーツ、最古級の記録 越前の旗本文書に「アマビコ」

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福井新聞ONLINE

 江戸中期から現在の福井県越前市と南越前町の領地を治めた旗本「金森左京家」に伝わる古文書に、新型コロナウイルスで注目を集める疫病よけの妖怪「アマビエ」のルーツ「アマビコ」が挿絵入りで記載されていることが分かった。江戸で天保15(1844)年に流行した疫病に関連する記述とみられ、現存する記録としては最古の部類に入るという。 【写真】長い髪にくちばし…妖怪アマビエ  6月23日から越前市武生公会堂記念館で開かれる企画展「アマビコとはやり病」で展示する。企画展では江戸時代に流行した天然痘やコレラなどの歴史を紹介する予定で、今回の古文書の記述を踏まえて同館は「アマビコの起源は、新型コロナのように海外から持ち込まれたコレラに関係するのでは」と推測している。  金森左京家は、領地は3千石ながら参勤交代を命じられた有力旗本。古文書は江戸屋敷の家臣たちが書きつづった「雑書留(ざっしょどめ)」(越前市寄託)で、内容は火事や武家の人事、まちの話題など多岐にわたる。  アマビコは天保15年の報告の最後に登場する。肥後国(熊本県)の海から光る姿で現れ、トビの声で侍に「自分の姿を書き写し、それを見るものは病から逃れられる」と伝えたという記述の下に、3本足の猿のような挿絵がある。  アマビコの記録は全国に複数存在するが、現在確認されている中では天保14年の瓦版の写しが最古とされ、雑書留の記述はその直後。その姿や特徴は流布される中で変化し、現代で有名になったアマビエも派生形の一つと考えられる。  安政5(1858)年にコレラが全国的に大流行した際にアマビコの刷り物が販売された史実などから、同館の三好修一郎館長は「天保14~15年は天然痘が大流行した時期と重なる。当時も刷り物のようなものが江戸で出回り、金森左京家の家臣が買い求めて当時のニュースと一緒に書き写したのでは」と推測する。  さらに三好館長は、現存する資料でさかのぼれるアマビコの“生息地”が熊本であることに注目。コレラは天保14~15年の約20年前、海外から長崎の出島を侵入口に日本に伝わったとされる。文政5(1822)年には九州から関西にかけて初めてまん延した。  海から光る姿で現れるアマビコは、八代海や有明海で見られる蜃気楼「不知火」を連想することもできる。三好館長は憶測と前置きした上で「コレラは新型コロナのように全く未知の疫病だったため、当時の人々には新しいお守りが必要だったはず。コレラの流行が始まった九州でアマビコは生まれたのではないか」と話している。  企画展は7月26日まで。

福井新聞社

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