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富裕層と貧困層の部屋の違いは? 不必要なものを捨てていくうちに、気づいたこと

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婦人公論.jp

せっかく気分が乗って片づけできたのに、あとになって、なぜか悔いることも。それは、自分が「モノ」以上の何かを捨てたのでは? とふと我に返るからかもしれません。大木さん(仮名)は、家を出るために片づけなければいけなくなり…(「読者体験手記」より) * * * * * * * ◆まあ出てくる、出てくる。目を覆いたくなる歩み まさか、まさか……。本当にバスが廃線になるかもしれない。岡山市で、新規の事業者がバス路線に格安運賃で参入。老舗のバス会社は、このままでは赤字路線を維持できないと、国に約30もの路線の廃止届を出した。その中には私にとって足がわりの路線も含まれている。冗談じゃない。今の職場で働き続けるためには、もはやこの家を出るしかないのか。 とにかく引っ越しをするとなれば、本も、服も、家電も減らさなければならない。それも徹底的に。2歳の頃から35年も住み続けた実家には、使わないけれどもまだ使えるモノ、いらないけれどもあえて捨てる必要のない私物が溢れかえっている。 試しに机の引き出しを開けてみたところ、メモ帳や雑誌の切り抜きに交じって、小学校の頃の社会のテスト用紙が出てきた。なるほど、20点か。親に見られるとまずいため、こっそり隠していたのだろう。ほかにも、まあ出てくる、出てくる。学校のプリント類や、卒業文集、プリクラ、かれこれ10年前の時刻表や美術展の半券……。保管していたフロッピーディスクやビデオテープも、もはや再生する機械がないから、可燃ごみへ直行だ。 何年も使っていないナイロンの鞄は、触れただけでこっぱみじんになり、最後に履いたのがいつかわからないパンプスを手に取ると、靴底がぼろぼろと落ちてきて床を汚した。さらに、今の私ならば決して袖を通さないようなポリエステルのブラウスや、フューシャピンクのカーディガンを見つけた時には、顔を覆いたくなった。 以前の私は、真面目そうに見られることが苦痛で、彩度の高い服を着れば明るく見えるのではないかと、鮮やかな色の服に手を出した。その結果、「派手な服を着た地味な人」と陰で言われて、結局、紺やグレー中心の今のワードローブに落ち着いたのである。 こうして自分のスペースを片づけていると、忘れていた過去が、びっくり箱のように次々に飛び出してくる。身の回りを整理する、ということは、無意識のうちに目を背けていた“自分自身”と真正面から向き合う、ということなのかもしれない。結局、きちんと使いこなせているモノは、この部屋にはほとんどない。そんな事実にも直面した。 それにしても、使ってもいない、これから必要になることもない、と百も承知なのに、こんなに捨てられないモノがあるのはなぜなのだろう。「あの人からもらったから」ならば、まだよい。「高いお金を出したから捨てるには惜しい」「あわよくば売れないかしら」とか、そんなさもしい考えが頭をもたげる。つまり、お金の問題なのである。

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