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長澤知之、初の配信ライヴ。 離れた場所ゆえに届く思い、そして繋がりについて

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音楽と人

長澤知之が有料配信ライヴ「IN MY ROOM」を6月5日開催した。ここではその様子をレポートする。

ライヴ中、PCの画面越しに何度も長澤と目が合うのが不思議だった。もちろん普通のライヴでは彼に限らずステージ上の演者と目が合うことなんてないし、インタビューでもジッと相手を見つめて会話することもない。なのに、この日の彼は何曲か立て続けに唄い終わるたびに、客席に設置されたカメラに向かってMCを始めるのだった。それは一対一で自分に向かって話しかけているような、あるいはライヴそのものが自分ひとりのために届けられている錯覚に陥るようなものであると同時に、もしかして長澤はこういう形で人と繋がっていくことをずっと前から求めていたんじゃないか、そんなことを思わずにはいられない2時間でもあった。 〈IN MY ROOM〉とは2014年に長澤自身が企画したライヴで、その名の通り自分の部屋に人を招いてライヴをやる、というコンセプトだ。もちろん本当に部屋に呼ぶわけにはいかないので、実際には舞台にソファや座卓(ちゃぶ台)を置いて彼の部屋を作り出し、その真ん中にあぐらを掻いた彼がギターを弾いたりソファにもたれかかって唄ったりする。だから普通のライヴよりプライベート感があるしリラックスしていることが多い。次に唄う曲の譜面を床に散らばった中から探すところなんて、まさに彼の日常風景そのまんまなんだろうって思う。誰だってそうだろうけど家にいる自分と外にいる自分はイコールではない。だからこそ彼は家にいる自分のまま音楽を届けたくて〈IN MY ROOM〉をやってみたんだろう。それが今回、配信ライヴという形で復活した。しかも長澤も部屋ならお客さんも部屋。どっちも家にいる自分のまま、その両者の間を彼の音楽が行き来するわけだ。果たしてどんなライヴになるんだろうか。 開演時刻を少し過ぎると、画面が切り替わり彼の部屋が映し出される。「ただいま~」と言いながら長姿を表した長澤は、そのままカメラに向かって手を振っている。もちろん彼の目線の先にはたくさんのオーディエンスがいるわけだが、もちろん声援も拍手も届かない。「よろしく!」と声を張ってから演奏に入るも無反応なのでちょっと照れている。目の前にお客さんがいないからいつも通りやれんのか?と心配になったけど、「片思い」からスタートした歌はどれも予想以上に素晴らしいものだった。もちろん生の臨場感や雰囲気にはかなわないけど、複数のカメラとライヴ感にこだわったサウンドが自宅に届けられ、それを生で楽しめることの贅沢さを噛みしめた。これはこれで新しい音楽体験だ。そして肝心の長澤はいつも以上にリラックスしながら伸び伸びと歌を唄っている。よく彼はライヴ序盤から飛ばし過ぎて声を嗄らしてしまうことがあるのだが、そういった無駄な力みはどこにも感じられない。3曲目「カスミソウ」のサビ部分で張り上げた声は、飾り気も外連味もない、まさに長澤の部屋で彼の歌を聴いているような生々しさに溢れていた。 「みんな観れてます? みんないるかー?」。スタッフ以外誰もいないフロアに、彼の問いかけが虚しく響く。だからなのか、冒頭に書いたとおり彼はMCのたびにカメラへ向かって語りかけてくる。もちろんその向こうにたくさんのオーディエンスがいることを思ってのことだろう。そのおかげでこちらはいつも以上に彼の存在を近くに感じることができたし、彼は彼でお客さんの空気やリアクションに振りまわされることなく、自分のペースでスムーズに進行させているようだ。あぐらのせいで足が痺れてしまったこと、ご機嫌斜めなギターのチューニングが狂いがちなこと以外、彼と彼の音楽を阻むものは見当たらなかった。どんなに唄っても声は嗄れないし、オーディエンスの反応や目線を意識する必要もない。そこにあるのは、ただひたすら音楽と向き合っている彼自身の姿のみだった。 誰にも邪魔されない、彼だけの部屋。画面の向こうにあるのはそんな世界だ。自粛期間中にYouTubeで発表した「密なハコ」。部屋の天井で見つけたジグモを見つめながら希望を唄う「蜘蛛の糸」。自尊心だけは捨てずに生きていくことを表明した「ソウルセラー」。彼の歌はどれも一人きり、彼だけの世界の中から生まれてきた歌ばかりだ。そして彼はそれを人と分かち合うことでしか部屋から外に出ることが出来ない。だから彼は勇気を振り絞り、えいやっと気合いを入れて人前でギターをかき鳴らしたり声を嗄らして唄い叫んだりする。そうすることで彼は、ようやく人とか世間とかと繋がることができるのだ。そういう人とのコミュニケーションにはどこか痛々しさというかヒリヒリとしたものがあって、いつも彼のライヴにはそれが横たわっていた。でも今日はそうじゃない。彼は、自分の部屋から一歩も出ないまま歌を唄い、人と繋がろうとしていたのだ。誰の目線も気にせずギターを弾き、自由気ままに声を張りあげることで届けられる自分。部屋と部屋、お互い離れた場所だからこそ、見せることのできる本当の自分。配信、という形で復活した「IN MY ROOM」は、これまでの長澤のライヴとは異なる繋がり方で、音楽の力を実感できるものだった。離れているがゆえに、届けられる自分、そして繋がる思いがあるんだ。画面越しに目が合う彼も、そんなことを感じながら歌を唄っていたのではないだろうか。

樋口靖幸(音楽と人編集部)

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