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“自分が渡す食べ物を食べてもらえない”主人公の物語がリアリティーを失わない凄さ

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文春オンライン

 太宰賞受賞作「 こちらあみ子 」(受賞時のタイトルは「あたらしい娘」)を発表以来、今村夏子はずっと注視を受けつづけている。何人かの編集者に原稿を依頼したいのだがという話をされたこともあって、もしかしたら現在編集者が依頼したい作家の筆頭になるのかもしれない。 【写真】この記事の写真を見る  六冊目にあたる本書は三作収録の短篇集である。いずれも「異能」あるいは「特殊能力」にかんする作品で、その力の内容がとにかく面白い。「木になった亜沙」の主人公にそなわる特殊能力は、自分が渡す食べ物を食べてもらえないというものである。  るみちゃんにひまわりの種を食べてもらいたいと思った亜沙(あさ)は、種を封筒に入れて保育園に持っていくが、るみちゃんに激越に拒否される。  亜沙の特殊能力は強力で永続的である。死の間際の母親にも寿司を食べさせることはできないし、不良になったときに暴力で願望を果たそうとするがそれも果たせない。 〈頭突きをくらわして財布を奪ったあとに、仲間に命じてセミの死骸を持ってこさせた。食べろ、という亜沙の命令に、その後輩は全力で抗った。脅しも暴力も効かなかった。意地でも口を開けようとしない後輩のこめかみを亜沙は何度もひっぱたいた。最後は仲間にも手伝ってもらい、ちからずくで口をこじ開けながら、食べて、お願い、と懇願していた〉  現実的な始まり方をした「木になった亜沙」は途中で現実の敷居を超える。しかし不思議なことにリアリティーは失われない。後半の展開、そして詳述はできないのだが、結末には大変心を揺さぶられる。  奇妙な話のように聞こえるだろうか。その通りである。筆者はアンソロジストなのでこれまで数万の海外小説のプロットや設定に接してきたが、同じ設定の作品はない(近いものはある。植物を枯らせる、人の能力を無化するなど)。  二作目の「的になった七未」も同様である。こちらの主人公である七未(なみ)はぶつけようとして投げられたものが当たらない、当てられないという異能を持っている。一作目以上に脱力するような設定である。そしてその能力もまた七未の一生をかぎりなく苛酷な方向に向けさせる。 「ある夜の思い出」に登場する異能については書かないでおこう。評する気になれない大事な作品というのが世のなかにはある。  亜沙や七未の力は逆特殊能力というべきものである。ふたりの能力は実際の社会のなかに簡単に同類を見いだせる。早く走れない能力、仕事がうまくできない能力、人と上手に話せない能力、それらはプラスに転換することはないのだろうか。  今村夏子はおそろしいことにこの作品においてまた一歩前に足を踏みだした。世界に紹介されるのが待ち遠しいかぎりである。 いまむらなつこ/1980年広島県生まれ。作家。2011年『こちらあみ子』で三島由紀夫賞、17年『星の子』で野間文芸新人賞、19年『むらさきのスカートの女』で芥川賞受賞。他の著書に『あひる』『父と私の桜尾通り商店街』。   にしざきけん/1955年青森県生まれ。作家、翻訳家、アンソロジスト。著書に『未知の鳥類がやってくるまで』など。

西崎 憲/週刊文春 2020年6月4日号

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