花澤香菜、やめるはずだった芸能活動「声優への背中を押してくれたのは母」
高校卒業で芸能活動を辞めよう
――感情面で気を付けられたのはどういった部分でしょうか。 花澤:副題に「ぼくが選ぶ未来」とあるように、シャオヘイは、いろんなことに巻き込まれながらも「僕はこう思う」と自分で選んでいくんです。そうした柔軟な気持ちというか、しっかりしすぎないけれど、でも「今、自分はこう思っているんだ」といった思いをちゃんと出していくことを意識しました。 ――花澤さんは子供のころから芸能界で活動されていましたが、もともと声優志望というわけではなかったと。 花澤:そうですね。一番揺れていたのは高校生の頃でした。高校卒業と同時に、芸能活動を辞めようと思っていたんです。お仕事をいただいてはいましたが、そこまで多かったわけではないし、このまま続けられると思えなかったんです。なので、思い切って、大学で自分のやりたいことを改めて探そうと、今の事務所に報告に行ったんです。
大きな影響を与えてくれたのは母
――辞めたいと報告するところまで行っていたのですか? 花澤:はい。でもそのときに「(事務所の方に)声がいいから辞めないで、続けて欲しい」と言っていただきました。そこで、必要とされる場所があるなら、声で必要としてもらえるなら、求めてくれる人たちと一緒に働きたいと思ったんです。 ――事務所の方の言葉もそうですが、お仕事をしていくうえで、大きな影響を受けてきた人や言葉はありますか? 花澤:声優の仕事をやるという決断の背中を押してくれたのは母です。今でも何か迷うことがあると、最後の切り札になってくれるのは母なんです。でも母に相談するときというのは、もうだいたい「やりたい」という気持ちがあって、それを最後に押してほしいという気持ちなんですけどね。 私の母は20代の若い頃に私を生んでいます。そして弟との2人姉弟を、何不自由なく育ててくれた。仕事も早い段階で復帰して、今も働き続けています。そうした母のバリバリと働いている姿には、大きな影響を受けていると思います。