宮里藍「アスリートだからこそ妊娠が不安だった」無痛分娩を選んだ理由、そして“母性”への不安
プロゴルファーとして米国女子ツアーで9勝をマークし、男女通じて日本人初の世界ランキング1位に輝いた宮里藍さん。“世界の宮里”というポジションにまで上りつめ、トップアスリートとしてのキャリアを経たのち、ご自身のマネージャーと結婚。大きな話題となりました。そして、昨年末にはママに! そんな宮里さんに、アスリート時代に持っていた結婚観や母親になった今思うこと、そしてこれからのご自身の未来について、4回に渡って語っていただきます。 宮里藍 初インタビュー! 『自分の幸せを考えろ』『ゴルフだけじゃない』と言われてきた」 第2回目となる今回のテーマは、妊娠、出産について。子どもを持つタイミングや、妊活について、コロナ禍でのマタニティライフと出産、そして、無事に産まれてきたわが子への思いなど、宮里藍さんが母になるまでのストーリーをお届けします。
引退後しばらくは子どもを持つことよりもセカンドキャリアが優先でした
32歳のときに引退したのですが、すぐに子どもがほしいと思ったかというとそうではなく、いつかはほしい、という感じでした。引退してしばらくは、ジュニア世代の育成や、この先の人生で自分の可能性をどう広げていくか…… そんなセカンドキャリアに意識が向いていました。また、私は子どもが何がなんでもほしいというタイプではなく、夫も自分のやりたいことがいろいろ出てきた時期だったので、お互いに今後の人生をどうしていくかということを当時は優先的に考えていましたね。 そんな生活が2年ほど続いていたのですが、34歳になり、年齢という現実的な問題が後押しにもなって、子どもを持つための努力を始めようと夫婦で相談しました。
妊活をスタート。オリンピックという大きな仕事との両立を悩んだ時期も
34歳で妊活を決意したのですが、その翌年に、オリンピックキャスターという大きな仕事が控えていました。1年延期となった時、その大役を終えてからのほうがいいのかとタイミングには悩みましたが、悠長なことを言っている時間すらなかった、というのが正直なところ。それに、子どもがいるから仕事ができないというのはイヤだという思いもありました。難しい面はいろいろありますが、仕事をしながら妊娠するのをためらうのは違うなと。アメリカのゴルフ界には、マタニティプレーヤーもいますし、子どもを帯同してプレーしているママさんプロがたくさんいます。ツアーが開催されるゴルフ場には託児所もあるんです。 そんなふうに仕事と育児を両立することが当たり前の環境を見ながら長年過ごしてきたので、自分もそうありたいと思いました。タイミングがどうであれ、妊娠できたならそれをポジティブに捉えて、子どもとともにオリンピックをやり遂げた!という気持ちでいられたらいいなと思うようになりました。