“火事で全焼”乗り越え…老舗豆腐店 営業再開 多くの支援に「ありが“とうふ”」 愛知・岡崎市
去年8月、火事で全焼した老舗豆腐店。一度は廃業も決意するも、クラウドファンディングなどで支援を受け、今年2月に再開しました。 フルーツ並の甘さで地元に愛される豆腐を求め、オープン当日は行列ができました。
愛知県岡崎市の原田学喜さん(63)。 頑固一徹、45年にわたって豆腐を作り続ける職人さんです。
原田さんが作る豆腐の糖度は、約14度。フルーツ並の甘さをほこり、学校給食にもだされていたほど地元で愛されてきました。 「批判してもらった方が次につながる。“おいしい”だけじゃつながらないから」(豆腐職人45年 原田学喜さん)
そんな原田さん。今日も豆腐を作り続けられるのは、多くの人たちに支えられた”奇跡”のような出来事があったからです。 去年8月15日。原田さんの豆腐店は炎に包まれていました。火元は、油揚げ用のフライヤー。けが人はいませんでしたが、工房と、隣接する自宅が全焼しました。 年齢や弟子がいないこともあり、原田さんは“廃業”を決意。
そんな原田さんに待ったをかけたのが、岡崎市内で飲食店を営む西田耕一さんです。出資を買って出て、工房再建を提案しました。 西田さんの店では長年、原田さんの豆腐を提供していて、その味に惚れ込んだ一人でした。 ありがたい支援の申し出でしたが、原田さんは断ろうとしたといいます。 「そんなことは採算にあわないから、やめろと言ったんです。そうしたら社長(西田さん)が 豆腐作るから教えてくれと。知らないうちにクラウドファンディングのカタチになって工房ができるって。それなら、がんばらないかんなと。糸を結んでくれたんですよね」(豆腐職人45年 原田さん) 再建費用を集めるためのクラウドファンディングでは、目標の300万円を大きく超える支援が集まりました。
そしてついに、西田さんのお店の一角に豆腐工房が完成。 原田さんの元気な声が響く新しい工房には、新しい人の姿も。 西田さんの息子・京介さん、そして西田さんのお店で働く田口さんが弟子入りし、味を受け継ごうとしています。 屋号は、「ありがとうふ」にしました。 「語呂がいいなと思って。ありが“とうふ”だから」(原田さん) 「ありがとうと伝えたい相手は?」(記者) 「そりゃあ、みんな、全員。支援してくれた人とか、家族とか。心を揺さぶるようなことをあまり聞かないで。年とると涙腺が緩くなっていかん」(原田さん)