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ダイヤモンド・プリンセス号のなかで何があったか?──悪夢のクルーズ旅行

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GQ JAPAN

3711人の乗員乗客を乗せたダイヤモンド・プリンセス号の船内で新型コロナウイルスの感染が拡大し、合計712人の罹患者が確認された。現場では何が起こっていたのか。乗員、乗客、キャプテンを、ジャーナリストのダグ・ボック・クラークが取材した。 【写真を見る】記事を読む

闘いのはじまり

ピラミッド状に積み上げた300個のフルートグラス。そのてっぺんから泡立つ液体が注がれ、ゴールドの輝きを放って流れ落ちる。歓声が上がり、シャンペンを満たしたグラスが手から手へと渡され、あちこちで記念撮影が始まる……。 シャンペンの滝は、豪華客船ダイヤモンド・プリンセスでも人気のイベントだ。横浜を出港した1月20日から4日経った晩のこと。お楽しみは、まだこれからのはずだった。 アメリカ人の自称「仲良し4人組」は、あえてシャンペンの滝をパスした。カールとジュリのゴールドマン夫妻と、マークとジェリのヨーゲンセン夫妻。プリンセス・クルーズ社の航海に一緒に参加するのは年中行事で、シャンペンの滝は何度も見ていた。それに、みんなもう60代。夜はさっさと切り上げて、眺望抜群のスイートルームで静かに過ごしたかった。どちらの夫婦もまだ現役だが、ジュリ・ゴールドマンはしばらく前に父を亡くしていた。夫のカールも体調を崩している。とにかく休みたい。この際、世間の出来事はしばし忘れて。 5日目。ゲスト2666人と乗員1045名を乗せた18階建ての「浮かぶ歓楽街」は香港に入った。港には検疫の職員が待ちかまえていて、下船するゲストたちの額に銃型の検温計を向け、体温を測定した。しばらく前に中国本土の武漢で発生した謎のウイルスが、どうやらこの島にも上陸したらしい。聞けば旧正月の行事のいくつかも中止になったとか。それでもアメリカ人の4人組は島内をめぐり、名高い夜景を眺め、光のショーを心ゆくまで楽しんだ。ウイルスごときに、人生の歓びを奪われてなるものか。 それからの1週間は順調だった。4人組はベトナムの風光明媚なハロン湾でカヤックにも乗った。台湾では屋台料理も食べた。しかし街のあちこちで検温計を突きつけられた。ウイルスは確実に忍び寄っていた。香港に立ち寄ったとき、80歳の男性1人が現地の病院に運ばれたことは誰も知らなかった。この人物は後に、検査で新型コロナウイルス感染が確認された。 あと2日で横浜に戻ろうという日、船の通信室に香港の港湾当局から急ぎの電子メールが届いた。感染が確認されたので「船内の関係部署に情報を周知し、しかるべき消毒を徹底されたし」。そう記されていた。翌日にはスタッフ全員に注意が喚起され、ビュッフェの皿を頻繁に替えるように、などの指示が出された。しかし、まだ乗客には何も知らされなかった。 2月3日。予定では航海最後の晩となるはずだった。仲良し4人組はガラス張りの食堂でフルコースの料理を楽しみ、この素敵な休暇が永遠に続けばいいのにと、お決まりの台詞で名残りを惜しんだ。そのときスピーカーからイタリア訛りの英語が聞こえてきた。船長からのメッセージだ。新型コロナウイルスの感染者が出た、横浜港に着いてもすぐには下船できない、日本の検疫当局の検査が済むまで、あと1日、船内にとどまってもらう。そんな話だった。それって、休暇が1日延びるってこと? ヨーゲンセン夫妻はそう言って顔を見合わせた。

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