想像妊娠はレアだがリアルにお腹が膨らみ母乳も出る、偏見に苦しむ患者も、なぜ起きる?
研究が難しくいまだ謎の多い病気、周囲は「理解と共感を」と専門家
1555年4月、「ブラッディ・メアリー」(血塗られたメアリー)として知られるイングランド女王メアリー1世は、初めての出産に備えるため公の場から身を引いた。ヘンリー8世の長女で、当時38歳だったメアリーは、スペインとの同盟を確実なものとし、イングランドでのカトリック教会の支配を維持するためにどうしても世継ぎを必要としていた。男児であればなおよい。 【動画】本当に眠りながら食べまくる女性たち、謎の病 メアリーも国民も、その時を心待ちにしていた。1年前にスペイン国王フェリペ2世と結婚したメアリーは、確かに妊娠しているように見えた。胸とお腹は膨らみ、つわりや胎動も訴えていた。子ども部屋が用意され、乳母が待機し、公式文書に署名され、あとは子の誕生日と性別を書き込むだけになっていた。 「ところがそのまま数週間が過ぎ、お祝いムードは次第に落胆へと変わっていった」と、歴史家のアンナ・ホワイトロック氏は著書『Mary Tudor: Princess, Bastard, Queen(メアリー・テューダー:王女、庶子、女王)』のなかで書いている。女王は死んだのではないか、死産だったのではないかという噂が広がり、次に誰が王位に就くのかが取りざたされた。 しかし、真実はそこまでスキャンダラスではなかった。外側から見れば妊婦にしか見えなかったが、メアリーは最初から妊娠などしていなかったのだ。これが、不幸にも歴史上初めて詳細に記録された「想像妊娠」だった。 偽妊娠や妄想妊娠などと呼ばれることもある想像妊娠は、あらゆる妊娠の兆候があるにもかかわらず、胎児だけがいない状態のことを言う。 例えば、カナダ、トロント大学精神医学科の名誉教授メアリー・シーマン氏によると、患者は生理が止まり、お腹が膨らみ、胸が張って母乳が出ることすらある。さらに、疲労、吐き気、頻尿といった症状も伴う。 多くの場合、想像妊娠には心理的・生理的要素が絡んでいる。米精神医学会の診断マニュアル「DSM-5-TR」は、想像妊娠を、病気不安症(心気症)や虚偽性障害(作為症、ミュンヒハウゼン症候群)などとともに「身体症状症及び関連症群」というカテゴリーに含めている。