Yahoo!ニュース

IDでもっと便利に新規取得

ログイン

弱かった“お坊ちゃん”が親元離れたくましく成長…日本アマ制しナショナルチーム入りした遅咲きゴルファー

配信

中日スポーツ

日大4年 木村太一(21)

 昨年の日本アマチュアゴルフ選手権を制した木村太一(21)は実家が名古屋市中村区にある日大4年生。ジュニア時代は目立った存在でなかったが、強豪の日大に入学してから腕を上げ昨年、中部アマに続き、日本のタイトルも獲得した。今年、日本ナショナルチームメンバーにも選ばれた有望株だ。  木村は大学最上級生になる今年、ナショナルチーム入りしたまさに、遅咲きの選手である。  木村家は名古屋市東区でトロフィーなどを制作する会社を経営している。両親も大学時代、ゴルフ部に所属するなど、ゴルフ大好き一家で、一男一女の子どもたちにも小さなころからクラブを握らせた。ジュニアの頃の木村は俗に言う“いいところのお坊ちゃん”で、女性にももてた。そんな穏やかな少年がのちに日本アマを獲得するとは思えなかった。  太一少年がたくましく変身したのは、高校を地元ではなくゴルフの強い福井工大福井高を選んだことではなかっただろうか。独り立ちしたことで成長し、高2のとき中部ジュニアに優勝する。さらに強豪の日大に進学。全国から集まった選手たちにもまれ、木村はさらにたくましくなっていった。  大学1年生の日本学生で3位タイ。2年では文部大臣杯学生でも2位になり、レギュラーの座を勝ち取る。そして3年になった昨年、中部アマを制すると、アマチュアの最高峰、日本アマまで制したのである。  優しそうな容姿とは裏腹に、その日本アマの戦いぶりは堂々としたものだった。初日、自己ベスト64で首位に立つと2日目も首位タイ。3日目に1打差の2位に落ちたが最終日67をマークして2位に2打差を付ける10アンダー。首位に抜け出た後半の9ホールは2バーディー、ノーボギーという堂々のゴールだった。  「僕は展開が苦しくなるといつも逃げ出していた。でも、中部アマで逃げずに戦い、勝てたことで自信になった」と振り返る。  今年の1月、ナショナルチームのメンバーとしてオーストラリア遠征に参加した。ザ・アボンダルアマでは3日目に63の今大会の最少スコアをマークした。その最終日には棄権も体験した。「バスの中で突然背中が痛くなり、呼吸も苦しい状態になったんです。疲れで筋肉が収縮していると言われました」と木村。その痛みは帰国して1週間ほどで消えたそうだ。  新型コロナの影響で大学の試合の見通しは立っていない。「だからいまはアマの試合より、今年受けるプロのQTに目標を置いてトレーニングとスイングの改造に取り組んでいる」という。改造は「プロで戦うにはもっと体全体で打つスイングを身に付けないと」と思っているからだ。弱かった少年はまだまだ進化をとげている。  ▼木村太一(きむら・たいち) 1998(平成10)年9月28日、名古屋市中村区生まれの21歳。174センチ。日大4年でゴルフ部の副キャプテン。得意クラブはアプローチウェッジ。ゴルフは家族の影響で6歳から始める。ドライバー平均飛距離280ヤード。ベストスコア63。目標とする人は石川遼。

【関連記事】