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田村亮子放心、2大会連続の悪夢…カメラマンがファインダー越しに見た96年アトランタ五輪

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スポーツ報知

 スポーツ報知のカメラマンが、五輪の現場で撮影した瞬間を振り返る企画の第2回は1996年アトランタ大会。サッカー男子で、日本がブラジルから大金星を挙げる「マイアミの奇跡」に日本中が沸いた。  悪夢を見ているような思いでシャッターを切った。その瞬間、観客席に陣取っていた日本人応援団が静まり返った。柔道女子48キロ級決勝で田村亮子は、無名だった北朝鮮の16歳、ケー・スンヒに判定負け。試合終了のブザーが鳴ると同時に、放心状態で畳に座り込んだ。  ファインダーの先の試合は、それまでと様子が違っていた。田村は明らかにリズムを崩し、終盤は焦りも見えた。あとで知ったが、スンヒは暗黙のルールを破り、柔道着を左前に着る“奇策”に出ていた。有利不利のほどは分からないが、経験値がないため、短い試合時間の中で対応が遅れたのだろう。無念の表情には、負けたという以外の気持ちも含まれていたはずだ。これをきっかけに国際ルールの着用規則で右前に着るという条文が加えられた。  ダントツの優勝候補だった田村にとって、2大会連続銀メダルの悔しさは計り知れない。だが、この経験があったからこそ、2008年北京五輪まで5大会連続メダル獲得という偉業につながったに違いない。(写真部・豊田 秀一)  アトランタ五輪では開会式の旗手を務めた当時20歳の田村。試合を数日後に控えた練習の後、買い物に行きたいというので郊外にあるショッピングモールへ同行した。つかの間の解放感からか、リラックスした様子。アクセサリー店に入るとネックレスを身に着け、鏡の前に立った。後方からそっと鏡をのぞくと、今まで見たことないような、素の表情を見ることができた。  ◆高所恐怖症の初空撮  五輪を1年後に控えたアトランタ市内の様子を取材。どうしても上空から見たい風景があったのでヘリコプターをチャーターした。高所恐怖症の私が小さなヘリから身を乗り出して初の空撮。日本語が通じないパイロットにどう指示を出せば良いのか…。不安だらけで出発した。建設中だったセンテニアル・オリンピックスタジアムは大会後に野球場に改装されるため独特な形状で、その後方にブレーブスの本拠地のフルトン・カウンティ・スタジアム、そして中心街に高層ビルが一直線に並ぶ景色は想像した以上にフォトジェニックで、怖さを忘れて夢中で撮影した。

報知新聞社

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