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弱き者容赦なく切り捨てる戦争 戦中・戦後の生活者の記録

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 戦争体験をどう継承していくかが問題になっている。戦後75年がたち、戦争を体験した人々が社会から退場していくからだ。では、体験の継承は難しいのかというと、そうではないと思う。膨大な数の証言が蓄積され、一部はデジタル化もされており、その気になれば、体験者からのメッセージをいつでも受け取ることができる。  1931年の満州事変に始まった15年戦争について、その経過や領土の帰趨、為政者や権力者のふるまい、被災面積や死者数、賠償額については、正史とされる歴史書や教科書に書いてある。しかし、戦時下の庶民がどんな暮らしをしていたのか、長い間、わからなかった。暮らしを軽んずる風潮が強かったからだ。  その実相が少しずつ明らかになるのは、連合国による占領が終わった1950年代後半から。黙って耐えることにならされてきた女性たちが、重い口を開き始める。  注目されたのは、1959年に出版された鶴見和子・牧瀬菊枝編『ひき裂かれて 母の戦争体験』。「生活記録運動」の流れのなかで、職業的な書き手ではない女性たちが、戦争中の窮乏生活や学徒動員や疎開の辛さを吐き出した。戦争体験という言葉もまだ耳慣れない時代、グループで意見交換しながらまとめた「声なき声」の記録である。巻末に鶴見が、個人的記録から庶民の戦争史にたどりつくための第一歩だとしており、この頃から母親運動や原水禁運動などの取り組みのなかでも、さまざまな体験が語られていく。

 70年には「東京空襲を記録する会」が結成され、全国各地でも同じような動きが始まる。翌年、「空襲・戦災を記録する全国連絡会議」が発足。自治体も応援した戦災誌が次つぎ刊行された。降り注ぐ焼夷弾の雨をくぐって生き延びた人、火事が迫り家屋の下敷きになった家族を助けられないまま逃げた記憶など、戦災史には庶民の苦しみ、悲しみがいっぱい詰まっている。  女性史の分野では、80年代から地域女性史の編纂が盛んになった。自治体が編んだものから、民間の小さなグループによる自費出版まで、出版の形は多様だが、通史や年表とともに聞き書き集が付いている点は共通している。  わたしも各地の地域女性史編纂に関与し、多くの高齢女性から聞き取りをした。明治から昭和ひとけた世代のライフヒストリーには、例外なく戦争体験があり、そのすさまじさに息をのんだ。  父や夫を戦場に奪われてどんなに心細かったか。国防婦人会で出征兵士を送ったときの高揚感。神国日本が負けるはずがないと信じこまされていた教育の怖さ。一つとして同じ話はなかった。これらは単行本や冊子として各地の図書館や女性センターに所蔵されている。

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