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半導体貿易摩擦はなぜ起こるのか? 米中の事情

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マイナビニュース

新型コロナ禍が深刻化した3月の中旬から基本的に家にいることが多い。なぜだかわからないが、時事問題についてコラムを書く気がしなかったので暫く半導体業界での過去の経験を基にしたものを書いてきたが、いよいよ煮詰まってきたので最近の報道で非常に気になる米中の半導体貿易摩擦について書くことにした。この2-3か月の報道で気になったのは下記のニュースである。 【写真】TSMCの先端プロセス7nm(N7)の生産を担当するFab15 米国が中国の産業政策「中国製造2025」への警戒感を増加、半導体を含む関連技術の輸出規制などの行政措置によって中国の産業育成策へ大きく影響を及ぼしている。 「中国製造2025」のリストでは10の産業分野の強化を謳っているが、5Gをはじめとする先端技術分野での中心を担う技術分野は半導体である。 産業政策の中核企業であるファーウェイは自社が使用する半導体部品の国内製造あるいは迂回調達を探りはじめていて、この影響は日本企業にも及んでいる。 これと並行して、中国の政治的拡大を警戒する蔡総督の再選で、台湾は中国への対峙姿勢を明らかにし米国もこれを支援する姿勢である。 台湾経済の中核的半導体企業であり世界最大のファウンドリ会社TSMCは、ファーウェイからの新規受注を停止した。これによりファーウェイは「中国製造2025」の実現に不可欠な基幹半導体についてはTSMCを頼ることができなくなる。TSMCは次期最先端工場の建設を米国のオレゴンで始めることを決定した。 中国、米国、台湾、ファーウェイ、TSMCの5つのキーワードで構成されるニュースの羅列だが、たぶん今年の半導体業界の動きはこの5つのお互いが強く関連しあうファクターによって説明され続けられるだろう。 日本が経験した米国との半導体貿易摩擦 私は1986年に日本AMDに入社したが、その時は日米半導体貿易摩擦の真っただ中であった。英語が多少できた私は、いきなり日本AMDの代表として日米間の政府・業界の関連会議に駆り出されることとなった。ちょうどAMDのサンダースCEO(当時)が日本にいる時に驚きのニュースが入ってきた。富士通が行おうとしていたシリコンバレーの老舗半導体会社フェアチャイルド社の買収に対し米国政府が待ったをかけたのだ。理由は安全保障上の懸念ということであった。当時フェアチャイルドは経営的に行き詰まっていたが、迎撃ミサイルPatriotなどの米国製の兵器にはフェアチャイルドの軍用半導体がたくさん採用されていた。こうした基幹半導体の要素技術が日本企業に飲み込まれるのを嫌ったわけである。 当時の世界市場の状況をブランド別のランキングで表したのが下の表である。 当時の日本の総合電機メーカーの半導体市場での勢いはすさまじく、本家本元の米国勢は「このままでは世界の半導体市場は早晩日本勢にとって代わられる」、という大きな危機感を抱いた。 業界団体SIA(Semiconductor Industry Association)は強力なロビーイストを雇って米政府に「このままでは米国の安全保障上の問題が生じる」と働きかけ、半導体は農産物などと並んで貿易交渉の最重要課題の1つに躍り出た。 そのころの私はまだ30そこそこで、経済・政治・外交・安全保障などの文脈で語られる日米の半導体貿易摩擦の本質はわからなかった。その当時貿易障壁が高いと批判されていた日本半導体市場における米国系半導体メーカーの市場シェアを20%以上にすることを執拗に求める米国側と日本側の間で繰り返される「もっと買え」、「これ以上買えない」の延々としたやり取りだけが記憶に残っている。 その後のいろいろな経験から、現在起こっている米中の半導体貿易摩擦は成熟した覇権国家としての米国と、急速に拡大を目指すもう1つの覇権国家である中国との間で起こる必然的な歴史的な覇権争いの結果であることが理解できるようになった。近代国家の国力を支える重要な指標である技術力の中心にある半導体はこうした覇権争いの核心的分野として否応なしに注目されている。 ますます複雑化・政治化する半導体産業の行方 35年前に私が経験した日米の半導体貿易摩擦の時代と、現在の米中が睨み合う状況では下記のような点で大きな違いがある。 自由資本主義のチャンピオンとしての米国はその覇権力を弱めつつあり、米国流の「グローバリズム」にはいろいろな弊害が出てきている。その間隙をついて積極的な国家資本主義政策で覇権力を急速に増加させる中国は、着々とその勢力地図を塗り替えてきている。その中にあって、技術力を代表する半導体は経済と軍事力の両方に密接に関係しているので両者にとってどうしても譲れない分野である。 TSMCという強大なファウンドリ会社の登場で半導体の業界構造は一変した。微細加工技術の驚異的な発展で「回路設計」と「チップ製造」の完全分業化が現出した。そのTSMCは激しいつばぜり合いを繰り広げる米中の覇権争いの台風の目ともなっている台湾の代表的な企業である。すでに世界のファウンドリ需要の半分を供給するTSMCの勢いはますます加速している。 ファーウェイは基地局を含む5G技術では世界のトップシェアを誇るが、同盟各国への圧力を高める米国の影響を受け始めている。自社製品に必要不可欠な最先端半導体部品については、配下の半導体メーカーであるハイシリコンも製造はTSMCへの依存度が高い。しかし中国国内での半導体自給率はそう簡単には上がらない。 ただでさえ複雑に入り組んでいる半導体をめぐる覇権争いの最中に、降ってわいたように起こった新型コロナ禍は瞬く間に世界中に広がり、世界のサプライチェーンを寸断した。この状況はどれだけ長期化するのかが見渡せない。 米中両国のリーダーは、国内に大きな特有な問題を抱えていてその指導力を維持するためには外交での「強面感」はどうしても必要な要素である。本来、戦略的な意味での重要性を持つ半導体分野がこうした政治的な動機に利用され翻弄されている。 中国から拡大したとされる新型コロナウイルスの感染拡大に手を焼いている米トランプ大統領がどれほど半導体に関心があるかは疑問である。しかし11月の大統領選挙をにらんで、中国の覇権的な躍進に待ったをかける材料であれば何でも動員しようというのが本音だろう。また「中国製造2025」を大上段に掲げた中国の周最高指導者にとっては半導体の自給率を上げることは至上命題であるが、その道はそう簡単ではない。 「産業の米」と言われ続けてきた半導体であるが、その戦略的重要性はますますその重要度を増している。半導体貿易摩擦から伺える世界事情には非常に深いものがある。米中と台湾にとどまらず、韓国、日本などの半導体先進国にも影響が及んでくるのは必至であろう。 著者プロフィール 吉川明日論(よしかわあすろん) 1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、2016年に還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。

吉川明日論

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