狭まる韓国大統領の包囲網 与党が「秩序ある退陣」路線を放棄?再びの弾劾案の行方は
韓国政界が「非常戒厳」を巡り、極度の混乱に陥っている。12月3日夜に非常戒厳を出した尹錫悦(ユンソンニョル)大統領は、7日の弾劾(だんがい)決議採決は免れたものの、野党は12日に2回目の弾劾訴追案を提出し、14日の採決で可決される可能性が徐々に高まっている。尹氏は弾劾を免れても、内乱罪などの罪でまもなく拘束・起訴される可能性がある。与野党は、次の大統領選の時期をにらみ、熾烈な攻防を繰り広げることになる。韓国の政治空白は、東アジアの安全保障にも大きな影響を与えるかもしれない。(牧野愛博=朝日新聞外交専門記者) 【画像】さまざまな疑惑を持たれているユン韓国大統領の妻金建希氏
尹大統領はなぜ非常戒厳を出した?考えられる三つの理由
尹氏は12日、国民向けの談話を再び出し、非常戒厳の正当性を訴えたうえで、弾劾や捜査に正面から対応し、「最後まで戦う」と語った。 12月3日夜から4日未明にかけ、韓国戒厳軍は国会や中央選挙管理委員会に侵入した。韓国メディアは、韓国情報機関・国家情報院第1次長の証言などを元に、進歩(革新)系最大野党「共に民主党」の李在明(イジェミョン)代表や保守系与党「国民の力」の韓東勲(ハンドンフン)代表、元大法院長(最高裁長官)らの「逮捕リスト」があったと伝えている。 ソウルの複数の政界関係筋の証言を総合すると、尹大統領による今回の非常戒厳の宣布には三つの理由があったようだ。「政敵・李在明氏の追い落とし」「自身の妻、金建希(キムゴニ)氏の保護」「野党が大勝した4月総選挙を巡る不正行為の追及」だ。 尹政権は2022年5月の政権発足直後から、李氏を目の敵にしていた。当時、ソウルで筆者が面会した尹氏のブレーンは「すでに政治生命が終わった文在寅(ムンジェイン)前大統領はどうでもいい。しかし、李在明だけは排除する」と語っていた。 実際、李氏は司法や政治の場で、激しい追及を受けてきた。立候補した2022年大統領選にからんで公職選挙法違反(虚偽事実の公表)罪に問われ、今年11月15日には一審で有罪判決を受けた。公選法では90日以内に二審判決、そこからさらに90日以内に最高裁判決を出す必要がある。もし、有罪が確定すれば、李氏は被選挙人資格を失う「司法リスク」を抱えている。 今回、「逮捕リスト」に名前が挙がった元最高裁判事は、文政権当時の2020年に李氏の別の公職選挙法違反事件について一部有罪とした二審判決を破棄して審理を差し戻した人物だ。政界関係筋の一人は「元判事と元長官を拘束し、当時の判決が政治圧力を受けた不当なものだったと自白させる考えだったのではないか」と語る。 第二に、金建希氏の様々な疑惑に対する3度目の特別検察官法の決議が10日に迫っていた。韓東勲氏は賛否を明らかにしていなかった。今回、決議が国会議員(定数300)の三分の二の賛成で可決すると、尹氏は拒否権を行使できないところだった。側近の一部からは「金建希氏の捜査が進めば、尹氏に対する追及も始まるかもしれない」と憂慮する声が上がっていたという。こうした憂慮が、韓氏を逮捕リストに含めさせた背景にあったとみられる。 韓氏は6日朝、いったん、尹氏の職務執行停止を求める考えを表明したが、その後に尹氏と面会した。尹氏は翌7日午前、対国民談話で、国民に謝罪し、政権運営から身を引くことを約束。日程が繰り上がり、7日に行われた特別検察官法の採決は、102票の反対でかろうじて否決された。関係筋の一人は「韓代表らが、尹氏と金氏の身の安全と引き換えに、国民への謝罪や政界引退の言質を取ったのだろう」と語る。 そして、非常戒厳を助言した金龍顕(キムヨンヒョン)国防相(当時=12月5日に辞任)は、中央選管に戒厳軍を向かわせた理由として4月総選挙の不正行為を追及する狙いがあったことを明らかにした。 4月選挙に不正行為があったと信じる韓国人はほとんどいない。しかし、政争に疲れた尹氏は最近、極右系のユーチューブなどを好んで視聴。政界に人脈がなく、高校の先輩である金龍顕氏らで側近を固めたため、「エコーチェンバー現象」(反響室にいるように自分に似た意見が返ってくる状況。反対意見から隔絶されるため自分の持っている思想や考えが強化・増幅されやすい)を起こしたとみられる。