「RECORD MUSIC VIDEO」仕掛け人が語る “レコード針を落とさないと分からない体験”の妙
レコード盤の上にスマートフォンを置いてはじめて視聴できるミュージックビデオ――。アナログレコードとスマートフォンを組み合わせることで視聴が可能になるミュージックビデオシステム、「RECORD MUSIC VIDEO」を開発したのは、テックエンターテインメントレーベル・HYTEKだ。11月25日に発売されたShin Sakiuraの「komorebi feat. BASI」に技術を提供したこの技術。一体この着想はどこから得たのか。コロナ禍の影響を多大に受けたエンターテインメント業界で、デジタルとフィジカルの境界を溶かそうと試みるHYTEKの代表の満永隆哉氏に、今改めて知るべきレコードの魅力とフィジカルとの融合について語ってもらった。 ■満永隆哉 国内外でのパフォーマー生活を経て、2015年に博報堂入社。関西支社クリエイティブ・ソリューション局プロモーション・PR戦略グループ、2018年からは第二クリエイティブ局を経て、テックエンターテインメントレーベル HYTEK代表。NINJA SKILL BALLERZプロデューサー、大阪籠球会パフォーマーとしても活動。パフォーミングアーティストとして国内外で活動を行い、日本人フリースタイルバスケットボーラーとして初となるNBA公式戦や、TEDxKEIO、音楽イベントなどの様々なステージやメディアに出演。クリエイターとしてはグローバルクライアントのPR・プロモーション・コピーライティングを担当し、ACC・OCC新人賞・販促会議賞・ JAA広告賞・朝日広告賞など受賞。エンターテイメントの表舞台と裏方と、マスとストリートとを、クリエイティブとテクノロジーの力で繋ぐことを目標に活動。 ・レコードの針を落とさないと分からない体験を知ってもらいたい ――まずは、HYTEKがどのような組織なのか、ということについて聞かせてください。 満永:基本的にはテクノロジーを使ってエンタメをもっと盛り上げたい、アップデートしたいという信念で動いている組織で、いろんなパートナーさんにクリエイティブとPRの支援をしたり、単独で新たな技術やプロダクトを作ったりしています。 ――今回の「RECORD MUSIC VIDEO」をそもそも開発しようと思ったきっかけは? 満永:まだHYTEKも立ち上がっていなかった3年前、「HOTEL SHE, OSAKA」というアナログレコードとプレイヤーが全客室に設置されているホテルを紹介してもらったんです。若者文化とアナログ文化の接点がしっかり設計できているなと感じましたし、僕自身もそこで初めてアナログレコードに触れました。針の落とし方すら分からなくて恥ずかしかったんですけど、この盤のなかに一つひとつの音が埋め込まれてるのって、すごくロマンがあるなと思って。このレコード針を落とさないとわからない体験、みたいなものをいろんな人に知ってもらえたらいいなと、(HOTEL SHE, OSAKAオーナーの)龍崎翔子とも話していました。 世界の動きとしても、アナログレコードの売り上げが好調で追い風が吹いていますし、自分のように一度触ればその素晴らしさに気づくことができる人はもっといると思ったんです。そのために僕らができることは、そのハードルを軽々と越えさせる体験を、テクノロジーを通じて提供することなのかなと。 ――レコードに精通していたから作ったもの、というイメージでしたが、逆に初めて触った喜びをパッケージングしているプロジェクトだったんですね。 満永:そこからレコードについて調べていって、「どこのレコードの規格も同じ方向同じスピードで回ってる」ことや、レコードの上に置いて音を安定させるための「スタビライザー」の存在も知ったので、「これを逆手にとったアイデアは面白そうだし、何より世界で規格が統一されているのは面白い」と考えたり、パフォーマー的な視点としては、あれだけグルグルと回転するアナログな機構を使ったパフォーマンスができるだろうと確信していたんです。 ーー満永さんは、フリースタイルバスケットボーラーでもあるんですよね。その視座だからこそ見えてくるものもあったと。 満永:ジャグリングやフリースタイルバスケットボールなどモノを使ったパフォーマンスには”機能美”という概念があるんです。今回の企画に関しては「アイソレーション」という、ダンスなどでも基礎として教えられる動きがインスピレーション源になっていて。ダンサーだと、一部を固定して身体をそこを基点にして動かしたり、プロダクトパフォーマーでいうと、ボールを空間にガチッと固定して、その周りで身体が動く“パントマイム的”なものなんです。 今回、レコード上の空間ーーつまりは円形の映像空間を盤の上に固定したと考えたとき、スマートフォンをその上で回転し続けることで、どんな絵面が出来上がるんだろうと思ったし、これでレコードを買わないと絶対体験できない新たな映像体験みたいなものになると確信しました。思いついた翌週には、デモのようなものを作ってみたんですが、レコードの上に乗っけてみたら、グルグル回ってた映像が静止しているように見えて、このまま作っていけると手応えを感じました。 ・円形ゆえの壁とストーリーに苦戦 ――技術の本質みたいなところには、かなり早い段階で到達したんですね。ということは、そこになんのクリエイティブを作って映すか、というところに時間をかけたと。 満永:そうなんです。円形の画角になるので、長方形の映像が途切れて見え隠れする不思議な体験になるんですけど、その部分の視認性ってどこまで担保できるんだろうとか。 ――切れてもいい映像・画角を意識しないといけないわけですね。 満永:画面上で確認するものとレコ―ド盤に置いたときではスピードのブレもありますし、体験上「真上から見ないといけない」という縛りがある不思議な映像になっていて。そうやって制限からクリエイティブを考えていったときに、「そもそも、俯瞰で見るために設計されてるMVって世の中にないんじゃないか?」と思ったんです。 ーーたしかにそうですね。 満永:そうすると撮影も俯瞰の方がいいし、特殊な画角だからこそ“回転に対して意味がある素材”であったり、円形にちなんだモチーフなどで作るのがいいんだろうと、次々にできること・やりたいことが整理されてきましたし、このあたりの検証に時間がかかったところはあります。あとは、単純にこの仕組み自体が未だ言語化しづらいというか、見なければわからない部分が多すぎて(笑)。アーティストさんやレーベルさんに、「こういうものがあるので、一緒に作りませんか?」とプレゼンしに行くハードルが高かった、というのもあります。 ――そんな背景があったうえで、Shin SakiuraさんのMVを制作することになった経緯は? 満永:ハードルの高さもそうですが、特許の出願をするために、そこから一度企画を寝かせる期間があったんです。そんな時期に、映像制作をしてくれているBUDDHA.INCというプロダクションとの話し合いのなかで、「アナログのカセットテープやレコードを出している素敵なアーティストがいる」と、Shin Sakiuraさんを紹介してもらいました。実際に会ってみたら、本人もアナログの雰囲気を大事にしているのが伝わってきたし、HOTEL SHEのことも知っていたので、この人と一緒に何かを作ろうと、本腰を入れて提案したところ、快諾いただけたので制作がスタートしました。 ――様々なパターンのシミュレーションをしたうえで制作に臨んだと思うのですが、それでも撮影・編集するうえで苦戦したところはありますか? 満永:実際にレコードを置いてみないと、スピードによって色味がどう変わるかというのがわからない、というのは大きかったです。例えば、あまりにも淡かったりファジーなコントラストになっているとスピード感に負けてしまったり、中心点に近ければ近いほどその影響は少なくて、中心点から遠ければ遠いほど遠心力に負けて抗力が変わってくるという特性も考慮しないといけないのはかなり大変で、BUDDHA.INCのメンバーとはかなり工夫しました。だからこそ、今までにないものを作っているゾクゾク感はありましたね。 ――ストーリー部分の作り込みについても、今回の環境を踏まえたものになっていますね。 満永:メインのストーリーもそうですが、細かい仕掛けについては、一目みるだけではわからないことが沢山散りばめられています。内容的には、先んじて公開された「komorebi」の通常MVと連動している部分も多いんです。ShinさんとBASIさんが音楽やHOTEL SHEといった媒体を通じて出会ってセッションをすることで、「日常の中の幸せを、音楽を通じて二人で分かち合う」というストーリーになっているんですが、レコードバージョンのMVはその俯瞰になっています。あと、後半は円形であることを活かしたビジュアルの変化が多くて、実際に体験した人はみんな驚いてくれていますね。 ・「みんなで同じ場所の空気感を共有している感覚は、レコードプレイヤー特有」 ――曲はこの企画に合わせてつくったわけじゃないんですよね。 満永:曲は先にあって、たまたま今回の楽曲と親和性が高かったんです。これは、レコードのことを知ってまだ3年くらいの自分が考えた勝手な解釈なんですけど、レコードの針って同じところをぐるぐる回って通っているように見えるんですけど、まったく同じところではなく、少しずつ真ん中(=本質)に近づいていくという、ロマンティックなことをやっているなと思っていて。これ自体、「komorebi」が表現したかった”繰り返す日常”だったり、“音楽の真ん中で二人が出会う”みたいなことなのかなと、一人でエモーショナルな気持ちになっていました。 ――レコード自体、毎回同じ音が聴こえるようで、天気や季節、湿度、盤や針の状態で音が変わったりするので、その考え方は非常に面白いと思いました。盤も映像も、何度も再生することに意味があるという。 満永:そこまで感じてもらえたら、こんなに嬉しいことはないです。体験でいえば、真上から見ることで意味を持つMVにもなっているので「囲む体験」が生まれることも良いなと思いました。レコードプレイヤーを囲んで、みんながスマートフォンを置いてのぞき込むことにも価値があるという。 ――レコードとプレイヤーというモノが持つ“場の引力”が最大限に活かされるものにもなっていると。 満永:そうですね。その引力を強めるために、BUDDHA.INCの山田(裕太郎)くんと神崎(峰人)くんがかなり工夫してくれていて、“向きを規定しない映像”になっているんです。途中で正面が変わる演出もあるので、囲んでみていても反対や横という概念がなくなる瞬間があるので、360度の動画体験としても面白いものになっているかなと。 ・アナログとデジタルを溶かしていく体験づくりを ――そもそも満永さんは、なぜ「アナログとテクノロジーを掛け合わせる」ことに取り組んでいるのでしょう。 満永:そこに課題意識を持っているから、というのが第一ですね。今回のコロナ禍において、その課題をより強く感じたことも、個人的には大きいです。当たり前だったリアルの場所だけで完結するイベントがどんどんなくなって、オンライン系のコンテンツは増えていますが、そこに求める没入感についてはまだみんな正解を見つけられていないですから。 今回の施策を通じて改めて思ったのですが、「デジタル」の対義語は「リアル」ではなく「フィジカル」だなと。デジタルじゃ絶対できないところを追求していった先にあるのは、「触れる」「手元に残る」という要素だったりして、それって「リアル」ではなく「フィジカル」なんですよ。自分がお手伝いさせていただいた施策でいえば、劇団ノーミーツさんの第一回公演「門外不出モラトリアム」でのリモートフライヤー企画などが当てはまるかもしれません。ネットプリントの番号だけを公開しておいて、本公演前に観客のみなさんがコンビニでフライヤーをプリントアウトして自宅に飾ったり、大切に保管しておくことで、デジタルの体験だけどフィジカルな思い出が残るんです。 我々は関わっていませんが、aikoさんがオンラインライブのあとに、会場で飛ばした銀テープをチケット購入者に送ったりするのも、ファン心理や体験を重要視している良い施策だなと思います。 ――振り返ったときに所有物として手元にあるからこそ、思い出せるし特別なものになる。 満永:そうなんですよね。デジタルとリアルを繋ぐみたいな発想のもと、リアルな場所でやったことをデジタルに乗っければいいのか、といえばそうではなくて。たとえリアルな場所だけで完結する体験だとしても、手元に残るものがなければ、満足度が下がってしまうと思いますし、「だったら配信見るだけでいいじゃん」となりかねない。このあたりの感覚は、自分がエンタメに関わるうえで、コロナ禍が過ぎ去っても絶対忘れないようにしようと胸に刻みました。 ――お話を聞いていて、「フィジカルな体験を大事にする」という理念がHYTEKや「RECORD MUSIC VIDEO」に通底している、ということが非常によくわかりました。 満永:家に飾ってテンションが上がるとか、朝起きて珈琲を飲みながらレコードをかけたり、人が来た時にわざわざ引っ張り出して針を落とす、という体験をさせてしまうのがフィジカルならではの強さであり、その感覚は今の時代において、かなり尊いものだなと改めて思いました。今回の施策は100%デジタルというよりは、アナログ的な概念や考え方をかなり取り入れているのでいわゆる“ハイテク”ではないと思うんですけど、デジタルとフィジカルの間を溶かしていく、滲ませていくというのが僕らのやりたいことでもあるので、今回のような施策を今後も模索していきたいです。
中村拓海