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小中学校でオンライン授業をやらない理由に感じた“悪しき平等”/鴻上尚史

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週刊SPA!

―[連載「ドン・キホーテのピアス」<文/鴻上尚史>]―

“悪しき平等”に陥らないために子供たちの教育に対して大人が負うべき責任とは

 僕が教えている大学でもオンライン授業が始まりました。  一応、質問を受け付けるチャットは有効ですが、人数が多いので、画面に生徒の顔は出ません。一人、自宅で話していて、一番の問題はギャグが滑っているか受けているか分からないということです。  なんだか、砂漠に水をまいてる感じです。  反応が分からないなら、ギャグを言うのはやめろよと思うかもしれませんが、そこはそれ、おいらはずっと「表現」を追求してきたわけです。  入学式とか卒業式とか朝礼とかビジネストークとか講演会とか結婚式とか、なんのユーモアもない、クスリともしないような、真面目しか取り柄のないスピーチを聞くたびに、絶対にこんな話はしないと心に誓ってきたのです。  それこそ、海外では、パーティーとかレセプションでユーモアのないスピーチを恥とする国は多いですからね。  なので、いつもの授業では、ギャグをぶちかましながら進めます。まあ、理解の助けになると思っているのですね。  もちろん、受ける時もあれば、滑る時もあります。そのたびに修正していきます。なんですかね、戦争で着弾報告を受けて、砲塔の角度や距離を変えるようなものですね。なんの譬えか。  やってみると、久しぶりに90分間しゃべり続けたので、途中でノドがフガフガしました。驚きました。よっぽど、人と話してなかったんだなあと思いました。  ギャグが受けてるかどうか分かりませんが、それでも、授業をオンラインでやるのは、やらないよりははるかにましだと思います。

もし第二波、第三波が来たら…今のうちに準備できること

 小学校や中学校でもオンライン授業はやらないのかなあと思っていたら、偉い人から「家庭によって、パソコンがあったりなかったり、スマホだったり、ワイファイがあったりなかったり、バラバラだから、不公平になってはいけないので、やらない」と言われました。  一瞬、納得しかけたのですが、ちょっと待てよと思いました。  いや、気持ちは分かります。教育格差がどんどんと拡大していくなか、不公平になっていくことを心配することは分かります。  でもね、何を思い出したかというと、東日本大震災の時に、避難所に差し入れが届いた時に、避難している人数分ないから配らない、ということがありました。  例えば、レトルトカレーが300食分届いたけれど、避難している人が350人いるから配れないと。その時は、「そうかあ。残念だなあ」と思ったのですが、同時に、これはひょっとしたら、「悪しき平等」ということなんじゃないかと感じたのです。  この話を極端にするとね、「船が沈みかけている。でも、救命ボートは全員乗れない。だから、救命ボートは使わない。不公平になるからだ」という論理になるんじゃないかと思ったのです。  この時、まずは子供と女性、そして高齢者から乗る、なんていうルールが生まれたりします。というか、生まれないと阿鼻叫喚の地獄になるので、賢い大人はこういうルールを作るわけですね。  でね、何が言いたいかというと、小・中学校のオンライン授業ですよ。コロナは第二波、第三波があるとか言われているわけです。  うかうかしていると、また、休校になるかもしれないわけです。そんなこと、ないと祈りたいですけど。  でね、そのためにも、今のうちに、各家庭にパソコンやタブレットがあるのかないのか、ワイファイはあるのかないのかを調べて、そして、ない家庭には、タブレットとポケットワイファイを貸し出すとしたらいくらかかるのか。  そういうことを調べて、準備していく時間じゃないかと思うのですよ。  もちろん、旗を振るのは文科省でしょう。かなりの金額がかかると思いますから、自治体だけでは無理かもしれません。  もちろん、第二波が来なくて調査がムダになったのなら、とても喜ばしいことですが、もしものために、長い休校ではなく、せめてオンライン授業を考えておくのは、賢い大人の責任じゃないかと思うんですが。私、空想すぎること言ってますかね。 ―[連載「ドン・キホーテのピアス」<文/鴻上尚史>]―

日刊SPA!

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