宇宙が膨張する速さ、新たな観測で謎がますます深まる、理論に根本的な誤りか
天文学者は何かを見逃しているのか、新たな測定方法による進展に期待も
米航空宇宙局(NASA)のジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)から得られた新しいデータにより、宇宙がどの程度の速さで膨張しているかにまつわる謎が深まっている。今回の発見は、宇宙の膨張速度についての真相を解明するには、未知の物理学が必要となる可能性を示唆している。論文は査読前論文を投稿するサーバー「arXiv」で2023年7月28日に公開された。 ギャラリー:科学者さえも息をのむ、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡の画像9点 約138億年前に誕生して以来、宇宙はあらゆる方向へ膨張を続けている。「ハッブル定数」と呼ばれる、現在の宇宙の膨張速度を分析することにより、研究者らは宇宙の年齢を推定できる。また、宇宙が永遠に膨張を続けるのか、自ら崩壊するのか、それとも裂けてしまうのかなど、その行く末を詳しく予測することができる。 ハッブル定数を測定するうえで研究者が用いる戦略は主に2つある。ひとつは、超新星やケフェイド変光星(セファイド変光星)など、科学者がその性質をよく知っていて地球から比較的近い天体を利用し、それらがどの程度の速さでわれわれから遠ざかっているかを推定するというやり方だ。 もうひとつは、ビッグバンの名残である「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」を調べて、宇宙が初期以来どれだけの速さで膨張してきたのかを推定する方法だ。 意外なことに、過去10年の間に、これらふたつの方法からは相反する結果が導かれている。 欧州宇宙機関(ESA)のプランク宇宙望遠鏡による宇宙マイクロ波背景放射の観測結果は、宇宙は67.4キロメートル毎秒毎メガパーセク(1メガパーセクは約326万光年)で膨張していることを示唆している。それに対して、ハッブル宇宙望遠鏡を用いて近くの超新星やケフェイド変光星から得られたデータは、それよりも速い約73キロメートル毎秒毎メガパーセクという速度を示している。 「ハッブル対立」と呼ばれるこの問題の解決は、宇宙の進化とその運命の解明につながる。考えられる対立の原因のひとつは、ハッブル定数を算出する方法が単純に間違っているというものだ。 「この食い違いは単なる測定誤差で、すぐに消えてなくなるのではないかという希望的観測もありました」と、今回の論文の著者である米宇宙望遠鏡科学研究所(STScI)の天体物理学者アダム・リース氏は言う。氏は宇宙の膨張が加速しているという発見に貢献したことにより2011年にノーベル物理学賞を受賞した。 今回の新たな研究においてリース氏らは、高い解像度を誇るウェッブ望遠鏡を用いて、地球から約2300万光年離れた「NGC 4258」と、約7200万光年離れた「NGC 5584」という2つの銀河にある320個以上のケフェイド変光星を分析した。 これにより判明したのは、ウェッブ望遠鏡がハッブル宇宙望遠鏡に比べて、およそ3倍の精度向上を示したということだ。「20%程度の向上でも十分だと思っていましたから、3倍というのはほんとうにすばらしい数字です」とリース氏は言う。 しかし、新しい観測結果にもとづくハッブル定数の推定値は、ハッブル宇宙望遠鏡の観測結果にもとづくものとほぼ一致していた。「以前の推定値が、ウェッブ望遠鏡による試験にパスしたわけです」と、米国立光学赤外線天文学研究所の天文学者ジョン・ブレイクスリー氏は言う。氏は今回の研究には関わっていない。 「どこかの時点で、これは測定誤差ではないと認めなければなりません。そしてもし誤差でないのであれば、それは宇宙について非常に興味深いことを示しています」とリース氏は言う。「謎は深まるばかりですが、これはいい謎と言えるでしょう」