同人誌の文化を支える「印刷所」、ある作家が印刷を「全部断られて」たどり着いた道とは
同人誌の主流はオフセット印刷だったが、少部数でも対応できるオンデマンド(注文生産)印刷への需要が高まった。しかしオフセットより印刷品質が劣る。同社は大手OAメーカーの新機種開発に技術協力し、オンデマンド印刷の水準を大幅に引き上げることに成功した。
2012年に、日本印刷産業機械工業会の「Japan Color標準印刷認証」を取ったことも業界で話題になった。印刷色が正確に出ていることを認定する制度で、審査が厳格なため、全国でも200足らずの工場しか取得できていない。トップクラス印刷所の証しだ。
「同人作家は印刷に目が肥えた人が多い」と内田さん。「いい仕事をすれば勝手に口コミで広がる。ダメな仕事をすれば見捨てられる。怖い業界ですよ」
印刷所が果たした歴史的役割
「同人誌印刷所は全国に100社くらいある。即売会のインフラを支えてきたのは印刷所ですが、その実情がほとんど知られていない」と指摘するのは、オタク文化史に詳しい吉本たいまつさん(54)だ。今年3月に出た論文集「『同人文化』の社会学」(玉川博章編、七月社)で、印刷所が同人誌文化に果たした役割を歴史的に論じた。
「そもそも、漫画印刷は町の印刷所には難しい仕事だった。『ナール』を先駆けとする70年~80年代の印刷所は、独自ノウハウで同人誌印刷の水準を上げ、量産を可能にし、コミケの急拡大につながった。赤ブーブー通信社のように、印刷所主導で始まった企業系即売会も80年代から盛んになった。印刷所が果たした役割は大きかったのです」
同人誌で注目すべき本も出ている。2022年に発行された「同人誌即売会クロニクル1975―2022」は、コミケ以外の地方即売会や印刷所の動きなども追い、総合的な通史を目指した労作だ。著者の国里コクリさん(43)は、雑誌や同人誌、イベントカタログなどを元に、全国の即売会をデータベース化する作業を約15年間続けている。
「中学の時からコミケに通っていますが、この世界がどのようにできたのか知りたかった」と国里さん。「コミケだけで即売会の歴史を論じることはできない。『クロニクル』をまとめて、やっと全体の景色が見えてきたので、今は重要な役割を果たした関係者のインタビューに注力しています」。同書は来年に商業出版される予定だ。