同人誌の文化を支える「印刷所」、ある作家が印刷を「全部断られて」たどり着いた道とは
同人誌文化の隆盛は、印刷所を抜きに語ることはできない。しかし、その実態はほとんど知られていない。ここで一つ、ユニークな会社を紹介しよう。(文化部 石田汗太)
脱サラしてできた「同人誌印刷所」
同人誌印刷所は、コミックマーケットが始まった1970年代から存在する。「町の印刷所」が同人誌も手がけるケースが大半だが、97年創業の「ねこのしっぽ」(神奈川県川崎市)は、いささか事情が異なる。
「ウチが他社と違うのは、我々が同人活動をしていて、そのために印刷会社を始めたところです」と、同社社長の内田朋紀(ともき)さん(57)は話す。専務の荒巻喜光さん(57)も、隣でニコニコとうなずいている。
約30年前、ある人気少女漫画のファンだった内田さんと荒巻さんは、地元で二次創作のオンリーイベントを企画した。そのチラシを近所の印刷所に頼もうとして、思わぬ壁にぶち当たる。「10社以上回りましたが、『個人の仕事は受けない』と全部断られました」
川崎市には大手電機メーカーが多く、地元印刷所はその仕事で手いっぱいだった。「じゃあ、自分たちでやるしかないねと。個人が気軽に頼める印刷所を作ろうと思ったんです」
内田さんと荒巻さんは脱サラし、「ねこのしっぽ」を創業する。資金ゼロ、経験ゼロからの船出だった。
同人作家「印刷に目が肥えた人が多い」
荒巻さんは、同人イラストレーター「牧村えりん」として、現在もコミケに参加している。内田さんとの出会いは、パソコン通信の「草の根ネット」だった。
「2人ともパソコンでCGイラストを描くのが趣味でした。まだウィンドウズ以前のMS―DOS時代。カラーは16色しか使えず、描く道具はマウスだけでした」と荒巻さん。作品がたまると、やはり紙の本にしたくなる。内田さんと荒巻さんがサークルを作り、コミケに参加し始めたのは92年頃から。そんなオタク2人だけに、最初から同人誌印刷をメインにしていた。
幸運だったのは、まもなく美少女ノベルゲームの大ブームが来たことだ。同人でデジタル絵描きも急増したため、同社はいち早くCTP(Computer To Plate)システムを導入、データ入稿できる業界初の印刷所となる。