仏紙襲撃テロに見る「表現の自由」と「宗教の価値観」尊重のバランス 国際政治学者・六辻彰二
ヨーロッパ社会の分裂
現代のヨーロッパ各国では、景気後退を背景に、かつてなく移民への風当たりが強くなっています。2014年5月のEU議会選挙で、移民排斥を掲げる極右政党が大幅に議席を増やしたことは、その象徴です。 とりわけムスリムは、対テロ戦争の影響もあって、警戒の目でみられがちです。さらに、フランスには350万人以上、人口の7パーセント以上にあたるムスリムがいますが、多くは低所得層で、彼らが社会保障費を圧迫しているという不満を招いています。その一方で、その出生率の高さから、将来的にはより大きな影響力をもつことになると見込まれます。多くのヨーロッパ人が普遍的な価値観として表現の自由を重視しているにせよ、「ムスリムに国が乗っ取られることへの警戒感」が広がっていることもまた確かといえるでしょう。 これに対して、ヨーロッパのムスリムの多くは、表現の自由が保障されていても、19世紀のユダヤ人と同様、ホスト国での共存を求めるがゆえに、強硬な意見表明を控えざるを得ない立場にあります。さらに、インターネットの普及で情報発信の機会が格段に増えたにせよ、マスメディアを通じたネガティブなイメージの広がりに対する異議申し立てには限界があります。ムスリム系市民の間からは、イスラム国など過激派に傾くひとが増えていますが、経済的な格差だけでなく、効果的な異議申し立てが実際には難しいなか、表現の自由に基づいて一方的に揶揄されることへの憤懣も、これを後押ししているものとみられます。 これらに鑑みた時、フランスで噴出した表現の自由と宗教の尊厳をめぐる対立は、ヨーロッパ社会の分裂を象徴するものといえます。ただし、この分裂は宗派や属性に関わらず広がっており、1月18日に発表された仏紙ジュルナル・デュ・ディマンシュの世論調査では、今後とも新聞などに預言者ムハンマドの風刺画を「掲載するべき」が57パーセント、「掲載を控えるべき」が42パーセントでした。掲載するにせよ、控えるにせよ、この問題は今後ヨーロッパ社会の分裂をより深める可能性が大きいといえます。そして、「表現の自由の適用を文化的な他者に対してどこまで認めるべきか」という問いは、ヒトの移動がグローバル化した現代、多くの国にとって無縁でないといえるでしょう。