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なぜ、ブータン人留学生たちの就職先が「愛媛」だったのか

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Wedge

 なぜ、ブータン人留学生たちの就職先が「愛媛」だったのかーー。  ブータン人と愛媛を結びつけた女性がいる。一般社団法人「Nature & Humans Japan」代表理事で、長年にわたって途上国での支援活動に取り組んでいる菅由美子さん(59歳)だ。  菅さんは2017年、環境問題に関する調査でブータン訪問した。その際、ブータン政府が日本への留学制度を始めようとしていることを知る。調査を手伝ってくれたインターンにも、制度に応募していた若者がいた。その後、来日した彼らを通じ、留学生たちが日本で苦しんでいる実態を目の当たりにすることになった。  「せっかく日本にやってきたのに、借金返済のために徹夜で働く毎日を送っている。あまりにもかわいそうで、少しでも力になれればと考えたのです」  留学生たちは孤立無援の状況だった。ブータンの斡旋業者と提携し、留学生のサポート役を標榜していた日本側のエージェントはいる。だが、エージェントは業者と組み、留学生を自らのビジネスに利用しているだけだった。そんな状況を菅さんは放っておけなかった。  18年4月、来日中のツェリン・トブゲイ首相(当時)がブータン人留学生たちと東京・帝国ホテルで懇談会を開いた際には、会場へと押しかけた。そして会場から首相に対し、留学生たちの窮状を訴えた。  本来は留学生が自ら訴えるべき場である。しかし、08年に絶対君主制から立憲君主制へと移行したばかりのブータンでは、民主主義が根づいているとは言い難い。政府には日本よりもずっと強い権限がある。その政府が進めた留学制度への不満を述べれば、どんな仕打ちがあるか知れない。そうした思いで黙り込んでいた留学生の心中を、菅さんが代弁したのだった。だから会場の留学生たちは、彼女に拍手が巻き起きた。  だが、ブータン政府は留学生を救おうとはしなかった。逆に日本への留学制度の「成功」をアピールし続けた。同制度は、トブゲイ政権が失業対策として始めた看板政策だ。従って簡単に「失敗」は認められない。  菅さんは留学生たちの支援に奔走した。彼らが在籍する日本語学校は全国20以上を数えたが、教育などそっちのけで、学費の徴収にしか興味のない学校も多かった。支払いが滞ると、母国への強制送還を命じるような日本語学校もあった。そんな学校に出向いての交渉も菅さんが担った。  その間にも、留学生たちは不幸に襲われ続けた。慣れない夜勤アルバイトによって、心身を病んで帰国する者も相次いだ。筆者は当時から留学生たちを取材していたが、彼らの表情は皆、暗かった。  日本で「簡単にできる」と宣伝されていた大学院への進学や就職ができる見込みはない。かといって、ブータンに戻っても仕事はなく、留学時に背負った借金だけが残ってしまう。彼らの人生は、日本への留学で台無しになってしまったのだ。

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