大谷・イチロー・王・長嶋――「野球の天才」が語る日本文化
低迷期には「孤独」な変人
イチローが仰木監督のもとで才能を開花させたのは1994年である。2000年、シーズン打率3割8分7厘をマークしたあと、つまり日本で十分な実績を残してからメジャーリーグに移籍した。2004年にはシーズン最多安打記録を塗り替える。 すでにバブルがはじけて日本経済は低迷期に入っていた。護送船団方式といわれる「日本株式会社」の論理が通用しなくなり、それぞれに独自の生き方が求められた。パソコンとインターネットの時代、三井でも三菱でもなく、トヨタでもソニーでもなく、ソフトバンク、楽天、ユニクロといった企業の時代となった。マンガやアニメが注目され、個人の創造力が必要とされる。青色発光ダイオードを発明した中村修二は、あまりにも個人の能力を評価しない日本に嫌気がさしアメリカへ渡った。 長嶋、王との決定的な違いは、アメリカで活躍したことである。その野球の本場で、彼独特の、内野安打、盗塁、ランニングキャッチ、レーザービームを華麗に披露した。つまりイチローの野球は、ホームランを狙うアメリカ流大打者志向とは対照的で、それ以外のすべての野球の醍醐味を満喫させたのだ。その驚きがニンジャと呼ばしめた。 イチローは一言でいえば、そのころ首相であった人と同様、ある種の「変人」である。インタビューで何を言うのか楽しみでもあった。独特の求道精神とセオリーが野球だけでなく人生にも反映されていた。 「孤独」なサムライであり、ニンジャであり、変人でもある。
新時代には「かわい~」アイドル
そして長嶋と王の昭和が遠くなり、イチローの平成も終わりを告げ、令和の時代がやってくる。その前年2018年に、大谷はメジャーリーグにデビューし、そのことによってさらに人気が開花した。NHKのBS放送は連日エンジェルス戦を報じている。 実績に関してはまだこれからであるが、アメリカ人は大谷という「新種」に限りない興味を抱いているようだ。日本人離れした体格に恵まれているが、もはや彼が日本人という意識はないのではないか。日米の垣根を越えた新しい種類の野球人である。べーブ・ルースの再来という言葉はアメリカ人にとって特別の意味をもつが、そのルースでさえ、最後まで二刀流を貫いたわけではない。 グッズも売れるようだ。フィギュアスケートの羽生選手にも似たアイドルとしての価値があり、以前に述べたことがある「人気資本主義」(「THE PAGE」2019年8月4日配信、「理由なき凶悪犯罪」の時代――行き場を失った心と「非公的準社会」)のメカニズムが彼を放ってはおかない。またそれにふさわしい魅力がある。 令和時代の日本は、ものづくりではなく、マンガやアニメやコスプレやゲームで知られ、観光客の人気もディープな部分に集中しつつある。「かわい~」に象徴される新しい日本文化と新しい日本人像の時代である。