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突然浮上した1リーグ案だが、突然に立ち消え?/週ベ回顧

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週刊ベースボールONLINE

 一昨年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在、(平日だけ)1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

田淵は死球を覚えていない

 今回は『1970年10月12日号』。定価は80円。    広島・外木場義郎から頭部に死球を受け、入院。一時は再起不能と言われていた阪神・田淵幸一だが、驚くべき回復力で退院が間近になったとあり、この号では手記が掲載されていた。  あの打席、田淵は外木場が前の遠井吾郎に本塁打を浴び、動揺しているから、まずは外寄りの真っすぐで様子を見ると考え、思い切って踏み込んだ。  それが内角高め。以後、記憶がない。  断片的だった記憶が完全につながったのは4日後、村山実監督が見舞いに来た際だった。 「この間より元気になっているじゃないか」と言われて驚いた田淵。聞けば、村山の面会は3度目だったという。話はしなかったが、目を開いて話にうなずいていたらしいが、まったく記憶にないという。  怖い話だが利点もある。   これから内角球を怖がるのではなど、後遺症を心配する人も多かったらしいが、田淵は、 「それはない。なにしろ、あの瞬間のことはまったく覚えていないのだから」  と話してた。あれほどの事故、覚えていたら確かにトラウマになる。    9月22日のオーナー会議で1リーグ制が決まるのでは、という記事があった。もともとは東映・大川オーナーが熱心だった話で、ロッテの永田雅一オーナーの反対でパがまとまらなかったが、今度は永田も大川とともに1リーグ移行の急先鋒となっていた。  2人の1リーグ案では吸収合併される球団に5億円、解散球団には10億円が残留球団から支払われる。ヤクルトとロッテ、広島と西鉄が合併するという筋書きになっていた。  永田は、親会社の経営状況もあり、この5億円が死んでもほしかったのだと思う(最初はこう書いたが、会議で踏みとどまったことを考えると、「のどから出るほど欲しかったが」とか書くべきだったと思う。反省です)  しかしオーナー会議当日になって「合同会議はプロ野球全体の問題を話し合うもので、最初からリーグの態度を決めてくるのは好ましくない」と永田が発言。分かりにくい言葉だが、土壇場になって1リーグ案の決定を避けた。    実は1リーグ案に積極的に動いたのは永田ではなく、ロッテのオーナー代理の中村長芳だった。岸信介元首相の人脈なのかヤクルト、大洋に働きかけ、落ちかけていたようだ。  これで多数決ならパの6+2。広島はすでに半落ちだったようで、9対3で1リーグになる。  しかし、この下工作を知ったセの他球団が反発。事前の話し合いで6球団の意思を統一し、2リーグ維持の方向性を固めた。  1リーグ案をスクープしたのは読売、報知だったらしいが、これはパ球団に対し「勝手な真似はよせ。お前たちの思惑は全部分かっているぞ」というメッセージだったようだ。  では、またあした。 <次回に続く> 写真=BBM

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