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【三菱パジェロ】SUVブームの中で終わりを告げるのはなぜか?

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かつて「ヨンク」の代名詞として人気を集めた三菱自動車のパジェロが、生産を終えることになりそうだ。三菱は今年7月、1982年からこのSUVを製造してきた岐阜県坂祝町の子会社、その名もパジェロ製造を、2021年上半期で閉鎖すると発表したからだ。 【画像】三菱パジェロの変遷

これまでパジェロ製造で作ってきた車種は、三菱自動車の岡崎工場へ移管するとしている。アウトランダーやデリカD:5はそうなるだろう。ただしパジェロは、日本向けはすでに昨年8月いっぱいで生産を終えているし、プラットフォームやパワートレインを共用した車種は日本では作っていないので、単独で作り続けるとは考えにくい。 筆者は初代パジェロがデビューして数年後、RV(レクリエーショナル・ビークル)の専門誌編集部に入ったので、取材で何度もステアリングを握ってきた。乗り心地とハンドリングを高度に両立しており、ディーゼルエンジンは乗用車用として開発したものだったので、当時としては静かかつ滑らかだった。

さらに印象的だったのは、当時の国産SUVでは異例だった5ナンバー登録車やATをいち早く用意したことだ。SUVを乗用車として使おうというユーザーの流れをいち早く掴み、先手を打っていたのだ。一歩先行くSUVだった。

モータースポーツでの活躍がその人気を加速させた。デビュー翌年にパリダカことパリ・ダカール・ラリー(現在のダカール・ラリー)に初挑戦し、1985年に初の総合優勝を達成。その後、現在までに12度の総合優勝を獲得している。

2代目ではこのパリダカ用に開発したパジェロ・エボリューションが鮮烈だった。オーバーフェンダーで武装しただけでなく、サスペンションが4輪独立懸架になるなどメカニズムも専用としていた。軽自動車のパジェロミニ、これと親パジェロの間を埋めるパジェロ・ジュニアやパジェロ・イオも誕生するほどだった。

1999年デビューの3代目は、エボリューションのサスペンションを、ラダーフレームをビルトインしたモノコックボディに組み合わせ、ボディは全車3ナンバー幅になり、ガソリンエンジンはすべてV型6気筒となるなど、グレードアップが目立った。 ところが世間はバブル崩壊で不況の真っ最中。レジャーにかけるお金などないというユーザーがほとんどだった。加えて三菱自動車に、21世紀を迎える頃から複数回のリコール隠し発覚などが発覚する。 この頃からSUVには、2002年のポルシェ・カイエン登場が象徴するように、欧州のプレミアムブランドが一気にこのマーケットに乗り込んできた。しかし当時の三菱自動車は、これに対抗する体力は持ち合わせていなかった。 トヨタ・ランドクルーザーやスズキ・ジムニーなど、昔からオフロードを得意としていたクルマたちは、ブームに引きずられず、自分たちのアイデンティティを維持することで存在意義を高めていく。しかしパジェロはそういう路線も目指さなかった。 今思えば作り手に余裕がなかったのだろう。そのため2006年発表の現行型は、プラットフォームをはじめ多くの部分が先代と共通で、4年後にディーゼルエンジンを復活した以外は目立った動きがないまま、2020年を迎えている。

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