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zoomでつながった日本の高校生とルワンダのシングルマザー

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Wedge

 『ルワンダで何が起こったか?』(パート1)に続いてパート2ではコロナ時代の「ルワンダの奇跡」「おばちゃんはたくましい」を報告したい。

 山田美緒さんと耕平さんはルワンダに住んで6年が経ったが、新型コロナの蔓延でルワンダの首都キガリもロックダウン(都市封鎖)となり日本食レストラン「KISEKI」は休業せざるを得なくなった。山田家だけの問題を考えれば日本に帰国するという選択肢が持ち上がった。事実、ルワンダで仕事をしている日系企業も個人事業主も3月に一旦は帰国する人が少なくなかった。  300人住んでいた日本人のうち200人が帰国したのだから駐在員はリスクオフを選択したのだ。日本大使館も日本政府が用意した飛行機で日本人駐在員に帰国を促したそうだ。コロナ禍が収まれば再訪問するという選択が合理的であると多くの日本人駐在員たちは考えた。しかし山田一家にとって帰国するという選択は「ある理由」で断念した。「ある理由」とは従業員たちへの「雇用責任」である。  特にアフリカ諸国では医療レベルが遅れているために疫病リスクが及ぼす不安感は現場に居なれば理解できないと思う。  しかし山田さん一家にとっては従業員に対する「雇用責任」にこだわった。特にレストランを切り盛りしてきた美緒さんにとっては過去5年間シングルマザーを雇用して彼女たちの生活を守らなければならないという重圧から逃げられなかった。自らも3人の男の子を育てているからこそ、KISEKIレストランの働き手である26人のシングルマザーとその子供たちの命を預かっているという意識が重くのしかかってきた。問題はシングルマザーの従業員約26人の再就職先である。  結論は働き場所がないことは明白であった。5年前のKISEKIの開業当初は富裕層相手の日本レストランだったから能力の高い従業員たちで店は運営された。しかし教育レベルが高いことと真面目に働くこととは正比例していなかった。面接を通じてシングルマザーたちは子供のために一所懸命働くことが証明された。  高学歴の従業員は少しでも他社の給料が高ければ直ぐにも辞めていった。補充をするために3人の張り紙をしたところ300人もの求職者が列を作るという状態だった。中でもシングスマザーたちは真剣だった。結果、雇用機会が少ないシングルマザーたちが増えていった。能力が不足していても給与が安いので人海戦術で適材適所に仕事を配分することで乗り切るしかなかった。  加えて、山田美緒さんはキガリに来ていつも気になったことがあった。それはスラムに住んでいる子供たちがごみ箱を漁って空腹を満たしている姿だった。シングルマザーたちを雇うことで少しは社会貢献ができると思った。KISEKIレストランのバザーの時には子供たちがお腹一杯食べていた。そこには高級日本レストランではなくて難民キャンプのような雰囲気さえも漂っていた。ここでは美緒さんがサバイバルするための特異な行動に焦点を当てていきたい。

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