ウナギのゼリー寄せからサマープディング、フィッシュ&チップスまで。イギリスの「階級料理」を喰らいつくす! 怒れる3人組〈コモナーズ・キッチン〉に注目
〈ノンフィクション新刊〉よろず帳♯11
ノンフィクション本の新刊をフックに、書評のような顔をして、そうでもないコラムを藤野眞功が綴る〈ノンフィクション新刊〉よろず帳。今回は、エッセイ付きのレシピ集だと舐めてかかると、火傷必至の1冊『舌の上の階級闘争 「イギリス」を料理する』(コモナーズ・リトルモア)を紹介。「無知」を叱られ続けた果てに思ったことの徒然――。 【画像】イギリス料理は本当に不味いのか?
イギリス料理は不味い?
コモナーズ・キッチンは怒っている。 パン屋と農家と大学教授からなるこのユニットのうち、いったい誰が怒っているのかは分からないが、ともかく「舌の上の階級闘争」の著者であるコレクティヴのひとりかふたり、もしくは3人全員が〈常套句〉に怒っている。 〈イギリス料理は不味い。このほとんど病理学的にも聞こえる常套句〉【1】 しかし、現在においてこのフレーズが本当に〈常套句〉なのかは怪しい気がする。個人的には、「イギリスの料理は不味いといわれる。だが、それは間違いである。なぜなら~」までを含めた、一種の書き出しの作法こそが〈常套句〉なのではないかと思う。 その前提を踏まえた上で、たとえば石井理恵子は『英国フード記AtoZ』(三修社)で、こう切り出した。 〈「英国はおいしい」か? 英国はまずくない。英国に私の好物は多い〉【2】 なかなか素敵な言い回しだ。 では、当のイギリス人はどう思っているのか。1972年に邦訳された『イギリス料理』【3】を開いてみよう。 〈イギリス料理にけちをつける外国人もいるが、それは本当のイギリス料理を味わったことがないからである〉【4】 くだくだしい議論を打ち切るには、ぴったり。イギリスの名をフィンランドやコンゴ民主共和国、あるいはミャンマーに挿げ替えても、この構文では反論のしようがないだろう。 仮に自分がイギリス人で、普段食べている食事がひどく不味いものだったとしても「本当のイギリス料理は美味いものなのだ」と言われたならば、「それはまあ、そういうものなのかもしれないな」と、一半は納得してしまうかもしれない。 けれど実際のところ――「舌の上の階級闘争」が指摘する通り――カテゴリーとしての「不味い料理」などというものは存在するのだろうか。調理の手際や味付けに「上手い/下手」という指標があるように、個別的に「不味い一皿」はあっても、カテゴリーとしての「何某料理」に「美味い/不味い」を冠することなどできるのか。