再生医療からアンチエイジングにも役立つ遺伝子の「付箋」とは!? vol.3
再生医療からアンチエイジングにも役立つ遺伝子の「付箋」とは!? vol.3 大鐘 潤(明治大学 農学部 准教授) 皆さんは「エピジェネティクス」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。遺伝子の発現に関わる仕組みのことですが、この研究が、最近、話題のiPS細胞や再生医療にも関わることで注目され始めています。その基礎研究が本学でも進められています。 ◇医療を変える可能性があるエピジェネティクス 近年、iPS細胞や再生医療、遺伝子組み換え技術などが話題になっていますが、エピジェネティクスはそうした技術にも影響を及ぼすと思います。 例えば、普通の細胞を、特定の細胞に成長させることができる多能性幹細胞(iPS細胞)に変える実験では、発現してほしい遺伝子を外から入れる技術を用いています。 でも、最初の普通の細胞も、もともとその遺伝子をもっています。ただ、発現しない付箋が付けられているのです。しかし、その付箋を付け替えることができれば、その細胞を変えることができるわけです。 iPS細胞による再生医療では、例えば、損傷した神経を治そうとする場合、その人の皮膚などの細胞を採取し、それを、まず、様々な細胞に分化する能力があるiPS細胞に変え、そこから神経細胞にしていく、というコンセプトで行っています。 でも、狙った細胞の遺伝子に、狙った付箋を付けることができるようになれば、iPS細胞をつくる工程を経ることなく、皮膚の細胞をダイレクトに神経細胞にすることも可能になるわけです。 遺伝子組み換え技術についても同様のことが言えます。 その生物がもっている遺伝子が、その生物のポテンシャルの最大値ですが、決して、それがすべて使われているわけではありません。 なので、外から別の遺伝子をもってこなくても、もともともっているがあまり使われていないある遺伝子をオンにして、それにブレーキをかけている遺伝子をオフにすれば、遺伝子の組み換えを行わずに農作物を害虫から強くしたり、たくさんの実をつけさせることも可能になるかもしれないのです。 さらに、私たちのもっと身近な問題にもエピジェネティクスは応用できると思います。 例えば、人は成長や加齢などの時間変化にともなって、遺伝子を使う、使わないの付箋の付き方が変化したり、曖昧になることがわかっています。これを人為的に制御できれば、高齢者の健康やアンチエイジングに役立てられるかもしれません。 また、生活習慣病なども、なんらかの原因で付箋の付けられ方が少しずつ変わっていき、あるとき閾値(いきち)を超えると発症するようなことが多いことがわかってきています。 その原因がなんであるのかは、まだ解明されていませんが、実は、培養細胞にエタノールを振りかけ続けると、付箋の付き方が変わってしまうようなことがわかっています。つまり、細胞にストレスがかかることによって付箋の位置が変わってしまう可能性があるのです。 そのストレスと人の生活習慣のメカニズムが解明できれば、付箋の変化を調べることで、改善すべき生活習慣がわかり、病気の予防に繋げていくこともできると思います。 このように、エピジェネティクスは人の生老病死すべてに関わっています。そこで、狙った遺伝子に狙った付箋を付ける研究は、世界中で進められています。 日本でも活発な研究が行われていますが、皆さんの関心が高まることが研究の後押しにもなります。今後も、エピジェネティクスの報道などがあれば、それに関心を寄せていただければと思います。 ※取材日:2020年2月
大鐘 潤(明治大学 農学部 准教授)