澤穂希(元女子サッカー代表)の名言「苦しい時は、私の背中を見て」を振り返る──パリ2024オリンピック特集「レジェンドが名場面を振り返る」
ワールドカップで優勝した時が最高潮
──先日、2011年のワールカップ決勝、アメリカ戦を見直しました。澤さんは初速、走り出しのスピードが特徴的な選手でしたが、あの試合、スタミナが切れることなく、延長でもずっと走っていた印象がありました。 INAC神戸に移籍した32歳のタイミングでした。精神的にも肉体的にもすごく合致したというか、確かにワールドカップで優勝した時が一番脂がのっていて、体が動いている感覚がありましたね。視野が広がって、こんな所にパスが出せるんだとか、こんな所が見えているんだとか、今まで見えなかった景色が見えるようになってきたタイミングでした。 ──「クイック・サワ」が進化、もう無敵ですね。 サッカーが一層楽しくなったのが、INACに移籍してから。全員がプロ契約だったので、サッカーに集中できる環境があって、太陽が出ている時間はサッカーをして、終わった後は自分の体のケアや食事の時間に充てることができました。それまではプロじゃない人もいて、昼間の仕事を終えてから、練習は夜になります。そうなると練習が終わって帰ってくるのが22時半。そこから食事でしたから、アスリートとしては理想的ではないですよね。INACでは選手としての生活がすごく健康的だったので、コンディションの良さを実感できました。余裕が生まれて、もっともっと上手くなりたいという気持ちが芽生えましたね。実際に伸びしろがあることを自覚していましたから。それが32歳ぐらいの時でした。自分の中では、心も体も満たされたのは、本当にあのワールドカップだったという感じです。 ──ボランチに指名されたのはいつぐらいでしたでしょうか? あれは2008年、佐々木則夫さんが監督の時の北京オリンピックです。 ──経験のないポジションだったと思いますが。 則夫さんから、チームとしてシステムを考えて、私の守備力を活かしたいという説明を受けました。代表はそれぞれのチームの中心選手が集まりますが、いろいろなポジションをできる人が多かったですし、フォワード選手が代表ではサイドバックをやったり、適応力もあった。4-4-2システムの男子の試合を観たりして、ボランチを勉強しました。 ──とはいえ、突然のボランチ指令は驚かれたでしょうね。 ええ、もちろん驚きました。「自分のポジション、ないじゃん」と思いましたから。ただ守備は嫌いじゃなかったですし、ボランチになって自分の視野が広くなったなのは事実です。ちょうどチーム自体の守備力を高めたいと考えていたので、あのタイミングがベスト、最適だったと感じています。 ──オリンピックでのベストはどの試合だったでしょうか? ベストっていうのは絞れないですね。でも、オリンピックでメダルを獲るのが夢の一つだったので、ロンドンオリンピックの決勝、アメリカ戦は強く印象に残っています。前年のワールドカップで日本に負けていたアメリカはリベンジの気持ちがあったでしょうし、自分たちもそこでアメリカに勝ったら真のチャンピオンだと思っていました。そんな両者の対戦だったので、特に思いが強かったかもしれません。1対2で負けて金メダルには届かなかったんですけれど、それでもメダルはすごく重くて、いろいろな思いが詰まった、重いメダルでした。 ──この大会、澤さん自身はベストコンディションではなかったそうですね。 2011年のワールドカップの後、体調を崩したんです。たまにちょっとフラ~っていう、めまいがあって。なので、ロンドン大会はコンディションが全然上がらなかったんですよね、個人としては。 ──そんな中でランキング上位のチームと戦うのは大変でしたね。 逆にランキングが上のチームの方がモチベーションが上がりましたね、私は。手応えを感じられれば、それは自信になりますから、アメリカやドイツ、スウェーデンのようなチームとやるのはすごく楽しかったです。 ──その3チームは本当に体が大きくて速くて、強い印象がありましたが、楽しみだったんですね、澤さんは。 楽しみでした。だからワールドカップの決勝もそうですが、ワクワクが優っていましたね。早く試合がしたいなっていう。 ──アメリカの選手はみんな足が速く、体も大きく、強いと思いました。 確かに攻め込まれてはいるんですけれど、でもそんな中でも跳ね返すというか通じたプレイもあったり、しっかりと戦えていたように思います。 ──もちろん攻められているんですけれど、そんなにやられていない印象があるんです。逆に、最近のなでしこは本当にやられている印象があります。 そうなんですよ。今のなでしこは簡単にやられてしまう場面が多いかもしれません。1個か2個のミスでもう失点っていう印象があります。ワールドカップやロンドンオリンピックのアメリカ戦を見返してみると、とにかく体を投げ出して、体を張っていましたね。最後の最後までゴールを死守する、そういう姿勢が観ている人にも伝わったんじゃないかと思います。
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