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ベビーカーに乗っていた時から「鉄道好き」 理系出身・甲本晃啓弁護士の「人生時刻表」

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弁護士ドットコム

東大大学院の研究室に泊まり込み、実験に追われる日々。生粋の理系男子が大手食品メーカーの研究職を経て、国際特許事務所で働いたあと、弁護士へ。 【写真】ラピュタそっくりの島「見ろ、海岸がゴミだらけだ…」 そんな異色の経歴を持つのが、甲本晃啓弁護士だ。企業法務や知的財産権に関する案件を手がけ、インターネットに関係する訴訟にも明るい。プライベートでは鉄道が趣味で、弁護士ドットコムニュースの鉄道関係の解説でもおなじみだ。 新型コロナウイルスが世界中で席巻する中、「簡単にオンラインで弁護士と相談できるようにしたい」と話す。さまざまな業界を垣間見てきた末に、なぜ法曹界にたどりついたのだろうか。甲本弁護士にインタビューした。(弁護士ドットコムニュース・猪谷千香)

研究室に泊まり込み、PCR検査の日々

甲本弁護士は東京大学大学院時代、バイオ系の研究をしていた。簡単に言うと、どんな研究だったのだろう? 「たとえば、植物を枯らしてしまうウイルスがあります。そうしたウイルスの基礎研究をしていました。今、新型コロナウイルスで話題のPCR検査ってありますよね。当時はあの検査を毎日、何百検体とやっていました。試料の採取から分析まで、長ければ8時間待ち。昼も夜も関係ないので、研究室に泊まり込んでいましたね」 大学院に入ってからはそんな生活を1年間続け、「ここにいたら一生、研究室に根が生えたような生活になってしまう。やばいな」と悩んだという。そこから就職活動を始めた。 しかし、研究室の一歩外は、就職氷河期。苦労を重ね、2001年に森永乳業の研究職として採用された。日本を代表するメーカーで、これで一生、安泰かと思われた。ところが、就職と同じ時期に、競合メーカーの雪印乳業が立て続けに不祥事を起こした。 2000年に発生した脱脂粉乳の食中毒事件。2002年には、子会社だった雪印食品が牛肉の原産地を偽装するという前代未聞の事件が発覚したのだ。一連の事件で、雪印ブランドのみならず、業界への信頼が揺らいだ。 「森永乳業で不祥事があったわけではないのですが、業界全体が縮小してしまい、研究の部門も縮小になってしまったんです。突然、地方の工場に行ってくれと言われて…」 一度は赴任したものの、やはり興味のない仕事を続けることは難しく、退職して東京に戻った。そこから、人生は大きく変わっていく。何をしようかと考えていたとき、知り合いから、「お前、研究論文が読めるんだったら、特許事務所で仕事があるぞ」と声がかかった。 「それから特許事務所に入って、バイオ系の特許を書く仕事をずっとしていました。論文が読めて、特許の作法がわかればそれなりにできるので」 甲本弁護士はそう簡単にいうが、それまで培った研究者としての知識が役立ったのだろう。特許事務所での仕事は気に入っていた。 「当時、景気はかなり沈んでたとはいえ、特許事務所はある程度、仕事がありましたし、自分で仕事も選べました。法律に近い仕事ですので、それが今の弁護士としての基礎にもなっているのかなと思います」

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