かつてない「死神」の誕生 芥川賞作家がユーモラスかつ痛烈な筆致で描く、“死”と“家族”の物語
AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。 【写真】ユーモラスかつ痛烈な筆致で描く、“死”と“家族”の物語『死神』 うだつの上がらない作家である私の人生の折々に登場してくる死神。中学2年生で初めて出会ったあいつのことだけは、これまで作品には書けなかったのだが、ある理由から死神と過ごしてきた時間を小説に書くことにする。芥川賞作家がユーモラスかつ痛烈な筆致で描く、「死」と「家族」の物語『死神』。著者の田中慎弥さんに同書にかける思いを聞いた。 * * * 日本の自殺死亡率は先進国(G7)の中で、抜きん出て高い。その理由は分析されてきたが、他人が想像しても「人がなぜ自ら死ぬのか」の理由は見つからないだろう。 芥川賞作家・田中慎弥さん(51)の最新作『死神』は、「私」が中学2年生のときに死神に出会ったところから始まる。 死神は「私」が死の願望を抱くと現れ「お前は自分の意思で死ぬんだ」と語りかけてくる。みずから手をくだすことはなく、ただ「担当した人間」が死ぬのを見届けるのが死神の役割なのだ。 「本作は作家が主人公ですが、モデルはいないし、私小説ではありません。ただ私自身、10代の頃から何度か自殺をやりかけたことがあったんです。なにか凶悪な体験をしたわけではなくて、いろいろと嫌なことがあったり、勉強が嫌いだったり。私の父親は早くに亡くなっているので、『自分はいつ死ぬんだろう』と考えていましたね」 本作でも日常のなかで「私」は生と死について考え、「危機」を抱え続けている。 「自分について思えば、グラグラしながらも生きてきたわけです。ではなぜ死ななかったのか、フィクションとして捉えようとしたときに、自分以外に生死に作用する存在があるんじゃないか──と、死神を設定してみた。いつかはわからないけれど、人間は必ず死ぬ。その絶対的で絶望的な事実を死神がいることで相対化しようとした。自分の中にある衝動を死神として外部に仕立て上げたんですね。言ってみれば、自分自身を主人公と死神という二手(ふたて)にわけているので、私小説ではないんですが、出てくる要素は自分のなかにあるものです」