かなり多くの朝ドラを見てきたが…『カムカムエヴリバディ』の安子篇が「もっとも好き」で、上白石萌音が「屈指のヒロイン」だと思うワケ
見ていてひたすら泣けた
聞かず、わからず、でも一生懸命だからそれを手伝う。 その心情、彼女が人とシンクロしていくやさしさが、見ていて沁みてきた。 ひたすら泣けたシーンであった。 安子は、ずっと声がやさしかった。 人の心に響きよる声だったようにおもう。 たとえば、同い年で、ひそかに安子を好きな勇(村上虹郎)のことを、いさむちゃん、と呼ぶときの声がやさしくて、本人はふつうに幼馴染みで義弟となった勇を呼んでいるだけなのだろうが、その音だけで沁みてくる。 上白石萌音という役者が持っている圧倒的な身体の力なんだとおもう。 彼女のやさしい声をずっと聞いていたい、とおもったが8週かぎりだった。 3ヒロインだからテンポが早い。 安子の子役はけっこうかわいかったけれど、出ていたのは1話と2話だけで、2話の最後にはもう上白石萌音に変わっていた。子役時代が2話だけというのは、とてもテンポがいい。 10話で太平洋戦争(当時の呼称は大東亜戦争)が始まる。 そこから怒濤の早さであった。 14話で祖父が病死、15話で稔さんと結婚、16話で稔が出征し安子はるいを出産する。 そして17話で母と祖母が空襲で死亡、18話で終戦(父が土を掘り起こす)、19話の終わりで父が死亡(ナレーションで死んだと語られる)、20話で稔戦死の知らせがくる。 22話で、娘と二人で婚家を逃げだして大阪で暮らし始めた。 めまぐるしいような展開である。
心に残った「衝撃」
母と祖母の死から2話後に父も死んでしまうというのが衝撃的であった。 また15話で結婚して、20話で夫の戦死の知らせ、というのもなかなか心えぐられるものだった。 ただ、心に残った。 るい篇やひなた篇にはこれほどの衝撃が連続には起こらない。それは大正14年生まれと、昭和19年生まれと、昭和40年生まれのリアルな違いなのだろう。 だからこのドラマは、安子篇の印象ばかりが強い。 過酷な時代の青春だったからこそ、そのあいまあいまで、安らかに生きている姿が魅力的であった。 もっとも短い期間のヒロインながら、やはり朝ドラ屈指のヒロインだとおもう。 【さらに読む】『カムカムエヴリバディ』は、安子、るい、ひなたのうち「誰の物語」だったのか?
堀井 憲一郎(コラムニスト)