森本修代 赤ちゃんポスト、内密出産で浮かび上がる、子どもの「出自を知る権利」
「赤ちゃんポスト」を設置している熊本市の慈恵病院で、昨年12月の国内1例目に続き、今年4月に2例目の「内密出産」が行われていたことが分かった。内密出産では子どもの「出自を知る権利」が保障されるはずだが、「赤ちゃんポスト」の取材を行ってきた森本修代さんは、現状では難しい場合もある、と指摘する。 (『中央公論』2022年6月号より抜粋)
ポストに預けられた子どもたち
自分の戸籍に親の名前が記載されず、空欄のままの子どもたちがいる。 熊本市の慈恵病院が設置した「こうのとりのゆりかご」と名付けられた赤ちゃんポストに預けられた子どもたちだ。赤ちゃんポストは「遺棄されて亡くなってしまう子どもたちを救いたい」という願いから2007年5月に開設された。先行モデルはドイツにある。親が育てられない子どもを匿名で預かる仕組みで、21年3月までに159人が預けられている。 ポストに置かれた子どもは戸籍法上の「棄児(きじ)」、いわゆる捨て子となる。子どもがポストに置かれると、病院は警察と児童相談所(児相)に連絡する。警察への連絡は棄児の第一発見者からの申告と位置付けられ、警察は事件性がないか確認し、棄児発見申出書を熊本市長に提出する。 児相は子どもを児童福祉法上の「要保護児童」として一時保護し、可能な限り身元を調べる。どうしても身元がわからない場合、熊本市は子ども一人だけの戸籍を作る「就籍」という手続きをする。戸籍の親の名前は空欄で、子どもの姓名、本籍地は市長が定める。20年3月までに預けられた155人中、身元がわからない人は31人いる。自分の肉親を一人もたどることができず、自身の正確な誕生日も不明だ。彼らは乳児院や児童養護施設に入り、その後は里親に委託されることもある。 〔中略〕
「内密出産」は福音か?
赤ちゃんポストで問題視されるのは、子どもに「出自を知る権利」が保障されないことだ。また、医療の介助を受けず一人で出産する「孤立出産」を防げないことも問題として横たわる。 これらの問題を解決しようと考え出されたのが、匿名で出産できる「内密出産」だ。慈恵病院は内密出産を「独自に運用する」と19年12月に発表。21年12月には内密出産を希望する女性が子どもを出産し、「国内初」として大きく報道された。 内密出産は赤ちゃんポスト同様、ドイツがモデルだ。ドイツでは00年に赤ちゃんポストが設置され、全土に広がった。しかし匿名で子どもを預ける行為が合法なのか問題となり、政府に政策を提言するドイツ倫理審議会が検証することとなった。09年に公表された審議会の見解では、「ポストがなければ殺害されていたと推定されるケースは一例もなく、新生児遺棄の回避はできない」「出自を知る権利がないことは子どもの人格権を侵害する」として、赤ちゃんポストの廃止が勧告された。 その代わり、妊娠・出産を知られたくない女性のために、相談機関では実名を明かし、医療機関では匿名で出産する「内密出産」が考案され、14年に法制化された。子どもは16歳になれば母親の情報の開示を求めることができる。母親側が拒んだ場合、家庭裁判所が開示するかどうか決定する仕組みだ。 慈恵病院の「内密出産」は、ドイツの制度を参考にして、妊婦は新生児相談室長のみに身元を明かし、匿名で出産するとしている。 制度化されたものではないため、子どもの戸籍が作れるのかどうかが問題となった。ポストに預けられて親が不明の場合と同様に、「一人戸籍」を作る場合、法的には「棄児」となる。親の情報を把握した病院で生まれた子どもを「捨て子」にしていいのか、という問題が発生する。 そもそも子どもが生まれた場合、戸籍法では14日以内の届け出が義務付けられており、親に事情があって提出できない場合、出産に立ち会った医師や助産師が「届け出をしなければならない」と規定されている。 今回のケースでは、病院は当初、親の名前を空欄にした出生届を提出する予定だったが、熊本市から、母親の名前を知りながら空欄で出生届を出すことは刑法の公正証書原本不実記載罪に当たる恐れがあると指摘された。このため病院は熊本地方法務局に対し、罪になるのか質問状を提出。法務局は「個別に判断されるべき」事柄として、「回答しかねる」とした。 しかし、同時に同法務局は、無戸籍者を出さないために、「出生届の提出によらずとも市区町村長の職権により戸籍の記載ができる」とし、これを受け、熊本市の大西一史市長は職権で戸籍を作ると明らかにした。 この内密出産をした女性は、健康保険証と学生証のコピーを病院に託したという。しかし、これで子どもの「出自を知る権利」が保障されるかには疑問がある。保険証には現住所が書かれている場合もあるが、転居すればわからなくなるし、そもそも本籍地は書かれていない。病院に本籍地の情報があったとしても、そこから実母にたどりつくには、親子関係を証明する公的な書類がなければ難しいだろう。 〔後略〕 ◆森本修代〔もりもとのぶよ〕 1969年熊本県生まれ。静岡県立大学卒業。93年、熊本日日新聞社入社。96年、大学在学中にフィリピンクラブを取材・執筆した『ハーフ・フィリピーナ』で第15回潮賞ノンフィクション部門優秀作。著書に『赤ちゃんポストの真実』がある。(本稿は所属新聞社とは関係ありません)