<リオ五輪>柔道73kg級金メダリスト大野が笑わなかったワケ
大野は、美しく勝つことにこだわり続けた。それゆえ、準々決勝以外すべて1本勝ちで金メダルをとっても「満足のいく戦いをできなかった」と言うのだ。その大野が、追い求める美しく勝つ柔道の中には、礼に始まり礼に終わる、柔道の精神を守ることも含まれている。だから大野は、試合開始前も、誰よりも長く深く礼をするのだ。 天理大時代には、暴力事件という部の不祥事で出場停止処分を受けた苦い過去もある。これは推測にしか過ぎないが、それも彼が礼節を重んじる理由のひとつなのかもしれない。 プレッシャーのかかった試合だった。昨年の世界選手権をオール1本勝ちで制した大野の名前を井上康生監督は「もっとも金メダルに近い選手」として挙げた。 「プレッシャーが大きかった。金を取って当たり前という声も聞こえてきたので、当たり前のことを当たり前にする難しさを感じていた」 大野は、“おまじない”と称する3つの言葉を呪文のように繰り返し、プレッシャーという名の内なる敵と戦っていた。「集中」「執念」「我慢」。重要な3つの言葉である。 笑わなかったのは、集中力が続いていた証でもあり、「まだまだ」の戒めの意味もあったのかもしれない。 だが、井上監督に「プレッシャーの中、よく取ってくれた」と声をかけられると、張り詰めたものから解放されるかのように涙があふれたという。 大野は、次の東京五輪を油の乗り切った28歳で迎える。さらにプレッシャーは強くなるだろう。だが、礼に始まり、礼で終わる「美しく、強い柔道」を追い求める限り、大野の進化はきっと止まらない。