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経産省、世紀の大失策…無茶苦茶なコロナ対策のせいで、日本は衰退へ

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現代ビジネス

---------- 新型コロナウィルスは、日本経済に大打撃を与えた。1ヵ月以上の自粛期間が原因となって、一部の業種では倒産も相次いでいる。日本政府は感染の実態を正確に把握できていなかったばかりか、有事の経済政策でも後手に回ったと、経済アナリストの森永卓郎氏は指摘する。そんな森永氏の新刊『なぜ日本経済は後手に回るのか』から、責任の一端を担う経済産業省の失策について一部編集のうえ紹介する。 ---------- 【写真】「日本の借金1000兆円」はやっぱりウソでした~それどころか…

過去の栄光にすがる経済産業省

 経済産業省は、かつて通商産業省と呼ばれ、絶大な権力を握っていた。それは、「産業政策」を握っていたからだ。産業政策=インダストリアル・ポリシーという言葉は、かつて海外では通用しない言葉だった。自由主義経済では、経済活動を直接政府がコントロールすることなど、あり得ないからだ。  しかし、1980年代までの日本では、産業は通商産業省の指揮下に置かれていた。たとえば、終戦直後に日本では、傾斜生産方式という産業政策が採られた。1946年から1949年までは、経済復興に必要な諸物資のうち石炭、鉄など、基礎素材産業の供給力回復が急務であるという観点から、それら部門に資金、人材、資材などを重点投入する産業政策が採られたのだ。その産業政策の指揮を執ったのが通商産業省だった。  その後も通産省は、1960年から10年ごとに「通商産業ビジョン」を発表し、日本の産業構造そのものを動かしていった。1960年代ビジョンでは、(1)国民の所得水準が増大したときに需要の伸長が大きくなる、(2)生産性上昇の可能性が高く、強い国際競争力を確保できるという理由で、軽工業に代わる重化学工業を産業政策の中心に据えた。  続く、70年代ビジョンでは、環境に優しく、勤労者にも優しい産業として、自動車、コンピューター、情報処理、通信、ロボット、ファッションなどの知識集約型産業を重点育成の分野として選んだ。いまから50年も前に、こうした産業に着目していた経済産業省の先見性の高さは、驚くべきものだ。そして、そうした産業がすべて経済産業省の行政指導の下で発展していったから、経済産業省の威光は計り知れないほど大きくなっていた。

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