シリーズ『ストーリーズ』「入院できる病院を守る」震災後の富来病院に赴任した新院長 地域医療の担い手が抱える思い
地域医療に携わる者としての思い
以前奥能登に勤務した経験から、いつかは地域医療に携わりたいと考えていた竹村院長。 富来病院が院長のなり手を探していることを知り、自ら手を挙げた。 カンファレンスでは、富来病院を支える医師の一人として、積極的に看護師たちと情報や意見を交換していく。限られた設備の中で、患者の些細な変化を見逃さないようにするためだ。 また、週に1度は院長の竹村さん自ら訪問診療も行う。 通院が難しい患者の家へ行き、家族ともやり取りをしながら診察をしていく。 竹村院長: なかなかないじゃないですか、病院で患者さんのご自宅の生活背景まで、見させていただく機会ないですもんね。 1軒の診療を終えて、移動中の車内でカメラに向かってそう語る竹村さんの言葉に看護師さんが頷く。 年を取ることで、どうしても生じる衰え。 地震で生活環境が変わったことで、生じてしまった体調の変化。 そのどちらにも、すぐに診察を受けることができる地域医療の助けが必要だと、富来病院の医療従事者たちは考えていた。 竹村院長: いつかどなたも最期を迎えるときがくる。そういったときに生まれ育った町で地元で少しでも穏やかに最期を迎えられるお手伝いを医療の面からしていきたいんです。
避けられない収入減
ただ、富来病院には今どうしようもできない課題があった。入院できる病床数が減ったことで、収入は激減したのだ。今年度の収支は少なくとも2億円以上の赤字を見込んでいた。 復旧工事の設計図を見せてくれたのは笠原雅徳事務長。「ピンク色が全部病床。病床も全体に復旧したい」 費用は国や県の補助金ですべて賄えるわけではないため、借金をしての復旧工事となる。 笠原事務長: まず病床を復旧しないと。病院の経営自体も、地域医療を担う病院としても患者のニーズにこたえていかなきゃいけないうえで、病床の復旧は最重要課題で早々に復旧したいと思っております。 入院ができなければ、必要とされている医療も提供できず、病院を経営するうえでも収益が見込めない。地域医療を守るためにも、負の連鎖が生じ続けるこの状況を打破したい…という強い思いを感じた。 順調にいけば、富来病院の復旧工事は2024年11月中には工事業者が決まり、2025年3月には復旧できる見込みだ。完全復旧までは、先は長い。